コボルト村ではあれからユニコーンを見ることなく、の体調が回復するまで滞在した。は時折宿や村人からの依頼を受けたり、近くの魔物を対峙しては宿代の足しにしていた。
 もう問題ないだろうと村を出られる頃にはトゥーリバーの街での戦は一段落着いたという知らせが入っており、当初の予定通り二人は南へと向かうことへしたのだった。

 たどり着いたトゥーリバーは戦があったことは明らかで、人の居住区はあちこち壊れていたけれど住人たちは明るかった。怪我をしていても包帯を巻いて動けるものを使って働いている。壊れた場所はある物で修復している。
 被害が少なかったというコボルトやウィングホードから物資が届けられお互いぎこちないながらも確かに絆を作っている様はこの街の変化を確かに表していた。
 はその様子を見ながら首を傾げる。彼に知るトゥーリバーとは少々様子が違うのだ。

「この街は種族間でいがみ合ってたって聞いたけど……」
「ああ、この前のハイランドの奴らを追っ払ったときに一応仲直り……和解ってのをしたんだ。すげーだろ?」
「うん、良い街だね」
「それで、。その子誰?」

 店先で薬を買って戻って来たは首をかしげての隣に立つ少年を見た。
 黒い羽、人間の体に鳥のような足。この街の住人のウィングホードの少年はチャコだよ、とそう名乗った。

「ここがひとつになったのはのおかげなんだぜ」

 明日にはこの街を出て新同盟軍に合流するのだと誇らしげに語るチャコはちゃっかりに昼食をおごってもらっている。
 元々を待っていたに手癖の悪いちょっかいを出したチャコがに少々お灸をすえられた結果何がどうしてか仲良くなっていた。チャコの悪びれない明るい性格にほだされたのかもしれない。
 経緯を話す、というところでせっかくなんだからお昼にしようというチャコの提案に二人は異論はなかったのだが、年下のガキに払わせたりしないよなとにおごってもらう約束を取り付けた。強かである。

 が話を聞き終え呆れたようにチャコを見れば悪い癖を止めないとに怒られる、とぶつぶつ零していた。そこで話題はという少年に移ったのだ。
 。聞けばつい最近破綻した同盟軍に代わって旗揚げされた新同盟軍の軍主の名であり先日のハイランドとの交戦でトゥーリバーの三種族の仲立ちをした人物らしい。

「それでチャコはどうしてその軍主と知り合いなんだい?」
「そりゃ、まあなんだ。あいつがほら、オレのばっちゃんのところに話を、だ」
「わかった。私相手にしたみたいにカモにしたんだ」
「だってのやつ財布スラれてるの全く気付かないんだぜ? 良いカモだろ。姉ちゃんみたいなのが珍しいんだけどな」

 こんな少年にカモと言い切られる軍主もそういないだろう。それからは意外そうにを見て笑った。

「慣れてるみたいだしね、
「そら、私も昔は悪さの一つや二つして吹っ飛ばされた。チャコも上手いけど私のほうが上手くやれるよ」

 やらないけどね、と茶目っ気のこもった付け足しをしてみせたがなかなか聞き捨てならない発言だった。チャコは苦々しそうな顔をしていたけれどは隣に座るを意外そうにもう一度見つめた。
 立ち居振る舞いというものは生まれによって差がある。の場合は生まれたときから叩き込まれた礼儀作法を身体が忘れることがない。十五年以上当たり前だと思っていた所作は意識して直そうとしても直らないものだ。今も食事をしているだけだというのに幾つもの視線が集まっていることをは認識している。
 隣のは今の発言の通りあまり良い育ちではないようだったが所作はそれらしいところがないしは今まで彼女はそう悪い出ではないと踏んでいた。

 そんなの視線に気付いたんだろう。食事の手を止めては苦笑い。

「さっきのは孤児院に入る前のことだね。私のいた孤児院の先生は貴族の出でね。礼儀作法には人一倍厳しかったからこういう立ち居振る舞いだけは洗練されてしまったわけだ」
「なるほど」
の場合は根っからって感じだけど」

 の出自に見当をつけていたようにもまたの出自に見当をつけていたのだ。の場合は父親が武に生きる人だったが位は良いものだった。父親自身は地位を得てからはそれに見合う振る舞いを強いられて大変だったと苦笑いを浮かべていた。
 その点は生まれたときから相応の地位を持った人間の息子としてそれに見合う教育を受けてきた。勉学も武道も非常に恵まれた環境にあったと言って良い。旅をしている間もそのとき習ったことが役に立ったことは多々ある。
 チャコは二人の会話をそれ以上踏み入って聞くことはなく、旅をしているという二人の今後が気になったらしい。

「あんたら、今からどこ行くんだ? 新同盟軍にも寄ってみるとか?」
「どうしようか。別に当てのある旅じゃないから」
「まあこれから国をまとめようっていう団体を見ていくことは悪いことではないんじゃないかな。俺はの希望にお応えしよう」

 はいつ向こうの世界に帰るのか分からぬ身だ。時間のあるとは違う。だから二人で旅をするときはの意見を優先させるとは最初に言ってある。
 ただ決定権を譲っておきながらも多少苦笑いを浮かべていることには気付いていた。が行くといえば行くのだろう。それでも新同盟軍という場所は彼にとってはあまり行きたくない場所のようだ。翳るのだ。表情が、空気が。
 気が向かない。けれど絶対に行きたくないわけではない。その曖昧な態度ならばと、は気づいた微かな気配を無視した。

「どうせならチャコと一緒に新同盟軍まで行こうか。少し覗いてみたいし。まあチャコが団体で行くのなら二人で行くし」
「ハァ? オレは仲間と行くよ。あんたらの邪魔なんてするもんか」

 それまでオムライスの大盛りをガツガツと音を立てそうなぐらい勢い良く食べていたチャコはパッと顔を上げ訳が分からないと顔に出している。言いたいことを言うと再びオムライスと格闘。彼の目的はおしゃべりからオムライスとの真剣勝負に変更されている。
 邪魔、という言葉を聞いた二人は思わず顔を見合わせた。チャコの言葉からすると恋人同士の旅とでも思ったのだろう。確かにそういう風に見えるのは当然だった。今まで宿を取るときもそういう視線で見られることばかりだ。

「チャコ、私とってどういう関係に見える?」
「どうって、恋人同士だろ」
「そんなに俺たちお似合い?」
「というか同年代の男女が二人旅って時点で普通はそういうことでしょ」

 そのとぼけたコメントにチャコは一旦オムライスとの勝負を放り投げ再び顔を上げた。口の端にケチャップが残っているところをが当然のようにすっと親指で拭ってそのままペロリとケチャップを舐めた。
 チャコが椅子から跳び上がってギョッとしてを見ている。

「姉ちゃん何すんだよ!」
「何って、ケチャップ舐めたけど」
「そうじゃなくてなんで舐めるんだよ! 言われたら自分で取る!」
、それはチャコぐらいの男の子にはちょっと……」

 実はも一回やられたことがある。貧乏性なのか孤児院の頃の癖なのか人の顔に食べ物がついていると拭って食べてしまう癖があるらしし。それをなんとも思っていないところも少々問題で、現にチャコは顔を真っ赤にさせている。

「信じらんねえ」
「無自覚だから許してあげて、チャコ」
「普通と思うんだけどね、これ」
「普通じゃないって前に言っただろ」
「そう?」

 結局チャコの中で二人は恋人という誤解を含んだまま三人は別れそれぞれ新同盟軍を目指すこととなった。


(住めば都)