虎口の村でゾンビの目撃情報を得た後、クロムでも似たような情報を得た一行だったがやはり大群の行方は定かではなかった。残りはティントのみ。そうして街に来てみれば鉱山の街は日常の中に不穏な空気を潜ませていた。
一見すると鉱山の街の日常が送られているようだが一部の人間はよく見てみれば時折街の外を窺っている。ゾンビについて何か情報を得ているのかもしれない。
「……これ、早々に連絡をして軍来てもらった方がよさそう」
「ゾンビの情報はここにもきてるみたいだし、クロムで聞いた話も急いで伝えておかないとですねえ」
三人はひとまず宿を取りティント内をそれぞれ探索し聞き込みも行った。
は街の位置関係を確認するために話を聞くのと同時に簡単に図を描いていく。鉱山の街ならではで山の中を掘り進めているので見た目の街の様子は図に出来ても採掘場はわからない。どことどこの穴が繋がっているのかもわからないのは初めて来た人間にとっては厄介だった。
どんどん上に登って行くはこの街に不似合いな建物を見つけて表情を変えた。
「こんなところに、教会」
こちらの世界ではあまり見かけなかったものだ。の世界では龍を祀る場所などがいくつかあり、それらと種類は違うが静かで日常と切り離した空気は窺えるのは少し似ていた。
中に人の気配はない。入っていいものかと隣の事務所らしき場所を窺ったが何やら喋りこんでいる。教会とはこの世界でも同じ存在なら門戸は広く開かれているはずだ。そう割り切ってはそっと教会の中へと一人で入って行った。
「随分と凝ってるなあ」
建物自体は新しいものではなく街に馴染んでいるので以前の街の代表者がこういったものに力を入れていたのかもしれない。
じっくり神殿を観察していると後方の扉が開いた。振り返ればとフィッチャー。二人もが来た時のように珍しそうに教会内を見ていた。
「すごいね、ここ」
「こういう街にしては豪勢ですねえ」
二人もと似たようなことを思ったらしく建物内をしげしげと見ている。
ある程度観察し終えるととりあえず宿に戻って情報を共有しようということになった。教会を後にしながら三人は他愛ないことを話す。
「ああいう教会みたいな場所は久しぶりにみたなあ」
「そうだね。トランにも寺があるけど、あんなに立派なのは多くはないね」
「あれ、さんってそういえばどこの人なんです?」
ひょいとフィッチャーが口を挟んだのだが質問が質問だった。別に何てことはないありきたりな質問なのだがにとってそれはありきたりではない。フィッチャーも身元不詳とわかっているのにあえて聞いてきているのだ。すっとぼけた顔をして抜け目のない男である。
さすがシュウがこき使うだけはあるのだなと二人ともが似たようなことを考えながらへらりと笑うフィッチャーを見た。
「ここから離れた場所。実は遠すぎて戻るのに時間がかかりそうで。迎えが来るんだけどそれまではと旅をすることにしたの」
「へえ。お二人はてっきり以前からの知り合いだと思ってましたよわたし」
「実はまだそんなに知り合って日は経ってないんだよ。これを言うとみんな意外だっていうんだけどね」
二人がにこやかに、穏やかに、フィッチャーの質問の意図を理解しやわらかく包み込んだ返答をするのでフィッチャーも苦笑いだ。それ以上聞く無粋は彼にはできなかった。
その後はフィッチャーがさりげなく話題を変えた。己の上司の愚痴をこぼし始めた、とも言う。よくぞまあそこまですらすらと愚痴が出てくるものだと思う二人だったがフィッチャーも本気ではなく――ただ休みが欲しいのは切実そうだったが――なだめながら宿まで歩いた。
「フィッチャー、それはシュウからの信頼の証だ」
「私もそう思う」
「でもわたしここのところ部屋に寝に帰ってるんですよ? というか部屋に帰れないんですよ!」
そのまま泣きだして地面に突っ伏しかねないフィッチャーを引きずってでも連れていくべきかと二人が顔を見合わせていたところだった。
「おじさん、みっともないわよ! おじさんのくせに!」
「へ?」
驚くフィッチャーの目の前、といっても視界の下の方に声の持ち主が立っていた。
この街の子どもにしては可愛らしい服装の女の子だ。髪を高いところで二つに結っている。両手を腰に当ててフィッチャーを見上げる姿は慣れたものである。
身なりもよく、大人へ物怖じしないさまは労働をしている子どもでもなく裕福な家の育ちなのだろう。いかにもなお嬢さんである。
「あのう」
「もっとしっかりしなきゃ」
小さな子どもに叱られる大人ことフィッチャーは反論もせずはあ、と生返事で受け入れてしまっている。普通なら礼儀のないことだと窘めるなどするところだがその労力を放棄したのは明白だった。
「お嬢さん、一人でお出かけしてるの?」
しかしこの状態をそのままにするわけにはいかない。は膝をつき少女と目線の高さを同じにして微笑んだ。
少女は少し目を丸くしたがから少し顔をそむけてそうよ、とすました口調で頷いた。
「こんなに可愛い子を一人で外に? 今は危ないのに」
「どうしてあぶないって知ってるの?」
少女は驚いた様子でを見ている。おそらくはまだ噂程度の情報しかないだろうに、それが事実だと事情を察しているようだった。
とフィッチャーには黙っているように目配せをしてはまた深く笑みを浮かべる。
「私たちはそれを調べに来たから。そんな中であなたみたいな可愛い子が危ない目にあったら大変。お家までおくりましょう、お嬢さん」
子ども扱いとも取れる。良家のお嬢さんへの丁寧な対応とも取れる。
少女はその扱いに戸惑っているのか視線を彷徨わせている。フィッチャーは意外そうに、もの対応に笑みを浮かべている。
結局少女を中腹に位置する彼女の家の前まで送り届けると家の前で番をしていた男が慌ててやって来た。
「お嬢様!」
「……ただいま」
拗ねた様子でも帰宅の挨拶をするところは躾をされているからだろう。門番の男は安堵した様子でお嬢様を見た後は一緒にやってきた三人の人物へと目を向けた。
「あんたたちは」
「入口付近で一人でいたから、おくりました。何かと物騒ですから」
がそう説明すれば少女も頷いた。男もそれに対して頭を下げた。
「ありがとうございました。今からグスタフ様に知らせるのでどうかお待ちいただけませんか」
「グスタフ市長の娘さんでしたかあ」
ぽん、と手を叩いて納得したのはフィッチャーだ。二人にもわかるように市長と役職を言ってくれたのだろう。ともすぐにこのティントの代表であると気付く。その娘であるのならこの街では重要人物の一人になる。下手に関わると後で面倒なことになりかねない。
「私たち急ぐのでお構いなく。失礼しま」
す、と言い切る前には視界の端を動いた影に視線を落とした。
グスタフの娘だという少女だ。
「明日も会いに来て」
「おやおや」
「私、ですか?」
の疑問に少女はうん、とうなずいて答えた。は意外そうな様子を見せたがすぐに微笑んだしフィッチャーはにやにやと笑って少女に睨まれている。
ひとまず今日はお暇することにしたたちだったが、翌日からだけが屋敷内に招待される日々が続くとはまだ知らないのであった。
(また明日)