フィッチャーにとって行程を急ぐ旅というものは初めてではない。ミューズにいたころから何かとアナベルに重用されていたし、新同盟軍に入ってからは鬼のような軍師にあれやこれやとかなりの無茶をふっかけられてきた。
ただ幸か不幸か無謀なものはほとんどなく、彼が無茶をすればなんとかなるようなことが多かったため彼はひいひい弱音を吐きながらも結局無茶を通してきた。そして今回もなぜかたった三人の先行隊の案内役に選ばれたのだ。聞けば二人とも戦闘には自信があり護衛もしたことがあるという。無茶ではあるが無謀ではない、そういう仕事である。
「あのー、言っときますけど、わたしもティントは一度、それも何年も前に行ったきりなので現状はさっぱりですよ?」
前に、後ろにという形で挟まれたフィッチャー。彼はビッキーにトゥーリバーに送ってもらった直後にそう言っておいた。
けれど二人の反応はフィッチャーの弱気の言葉を気にしてないらしい。。
「俺たち、ティントがどういう歴史を持った街なのかもいまいち知らないんだ」
「私なんてさっぱり。鉱山の町っていうのは聞いたけど」
「だから俺たちはフィッチャーに街の様子を事細かに調べてもらうための護衛みたいなものだよ」
もちろんフィッチャーはこの二人の素性は知っている。とくにのことは。なにせミューズ市の、同盟軍の盟主たる街の市政に関わっていたのだ。当然三年前の当時は慎重に情報を集めていた。シュウからも二人が仲間になった際にの素性を聞かされてしまった。フィッチャーとしては聞きたかったような聞きたくなかったような複雑な心境である。逃げられないよう囲われているとはこのことかと思った。
そういった前情報もある上、その腕はのお墨付きだ。フィッチャーはその点では何も心配していない。隠れる、逃げるは彼の得意とすることなのだ。むしろ心配なのはこれから見に行くティントの様子だった。
本来ならこういった斥候の仕事をする人間がいるのだが何しろこの新同盟軍は人が足りない。トランの忍びの里から助力をもらってはいるもののそちらはハイランドに対して警戒をするのに精いっぱいだ。ティントも偵察していないわけではないのだがそうそう人を割ける余裕がないのが現状だ。
だから今回斥候役がこの妙な三人となったのである。腕っ節はと、知識はフィッチャー、状況判断は全員に任されているだろう。それぞれ見る視点が違う、その分未知の領域であるティント一帯の様子について多くの可能性を見出せるというところだろうか。
「しかし……この先、怖いですね」
「ゾンビは既にティント領内に入ったみたいだからね。殲滅は難しいけどその場だけならなんとかするよ」
一番怯えているのはフィッチャーだ。ゾンビが出ると聞いているしそれ以外にも道中モンスターと戦うこともある。既に何回かモンスターと出会いそのたびにフィッチャーは小さく悲鳴をあげていた。とは言ってもとが驚くほど上手く敵から逃れていたが。
道中のような普通のモンスターなら三人とも自分なりに対処のしようがあるがゾンビはまた話が別である。このゾンビに対しての一時的な対策はが二人に教えている。この中で唯一ゾンビと直接対峙したことがあるのは大きい。
もちろん、フィッチャーも戦えはしないが札を何枚か持ちいざという時の為に備えてはいるのだ。フィッチャーのような戦えない人間や魔力を持たない人間にとって札は紋章と同じ効果を発揮してくれる大変便利な道具だった。
その一行は竜口の村の門番を買収し、現在は山を抜けている最中だった。三人の目的はティントの様子と、確認できればゾンビの動向を把握することだった。山賊のアジトへの道らしい道も見つけたがそこへは進まず山を抜けた。目的とは少しずれるしおそらく三人が行ってもコウユウの助けを聞いてきたと理解してもらうよりもたちがコウユウと共に散り散りになった山賊たちを見つけた方が良い。だから三人は必要最低限の休憩を取るのみで山を抜けた。
ただここまで強行軍で駆け抜けてきたので山をおりてすぐの村、虎口の村で一晩泊まることとなった。
「……あれ」
「どうかしましたか、さん」
「あ、いや、何でもないよ」
が足を止めたのは宿屋のある部屋の前だった。扉は閉められている。扉に何か書いているわけでもなんでもない。
部屋まで案内をしていた人間はああ、と少し声を潜めて教えてくれた。
「そこ、少し前からお客が泊まってるんですけどちっとも外に出てこないんですよ」
前金もらってるからいいんですけど、と少し気味が悪いと言いたげな様子に三人も思わず扉の先を見ていたが扉が開く様子はなく、案内された部屋へ入った。
は最初こそ開かずの部屋の客を気にしていたが部屋に入ると普段通りに戻っていた。逆に二人の方がなんだったのだろうと気にするぐらいだ。
「とりあえず日が暮れるまではこの村で話を聞いて、明日は朝一でここを出発しましょう」
小さな村だからすぐ聞きこみは終わるだろう、と大きい荷物は置いて外に出る。
「、さっきの部屋に何か気になるものでもあるの?」
「……うーん、気にはなるけど、いまいち自信がないからいいよ」
本人もうまく言葉にできないらしい。苦笑いを浮かべて先に出たフィッチャーに続いた。も部屋の前を通る時気配を探ったが特に気になることはなかった。
三人で揃って聞くのも目立つからとフィッチャーは道具屋へと向かった。
「私たちも分かれて話聞こうかって……どうしたの?」
「そういえば、は前に山道が苦手だって言ってたけど今回は平気だった?」
以前、この世界に来てすぐの頃はグリンヒルから次の目的地を決める際山道を避けてトゥーリバーへ向かいたいと言ったことがある。そのことだろう。ティントへ向かうとなったから思い出したらしい。
「バナーの村の時である程度山道も慣れたし、今はこっちのこともある程度わかってるから大丈夫。もし遭難してもが見つけてくれるでしょう」
「そうならないのが一番だけどね」
笑うは助けが来ることを信じている。嫌な思い出のある山道は一人では絶対に抜けることはしない。これからも避けるだろうが少なくともがいる間は安心して山道に挑めそうな気分になった。
虎口の村で得た情報はこの村から少し離れた荒野を気味の悪い一団が通り過ぎたという情報だった。北へ向かったということだがそれがティントへ真っ直ぐ向かったのか、それとも途中のクロムの村へと向かったのかはわからなかった。
「とりあえず、朝一で鳥を飛ばしましょう」
フィッチャーはすらすらと手紙をしたためている。中身は友人への手紙のように見えるが暗号文になっているようで、フィッチャーは書き終えるとそれに綺麗に封をした。
「まあ、シュウ軍師ならたちが出たあとに訓練の名目で兵を出してるだろうね」
「……よく、ご存知で」
ゾンビの軍がいるならばいくらたちといえども簡単に倒しはできない。ビクトールが星振剣を持っているとは言ってもそれは対ネクロード戦の切り札だ。ゾンビの大群という数には数で当たって時間を稼ぐしかない。それも死なないゾンビに対する人間の数は多いに越したことはない。
シュウは竜口の村付近に軍を配備するから軍備が要ると感じたらすぐに知らせろとフィッチャーにだけ伝えていた。
「俺がシュウなら今すぐ動ける兵をまずティント領付近に待機させるからね」
「今、って昔軍主やってたんだって思った」
「、それって俺のこと信用してなかったの?」
まさか、と笑って否定するに不敵な笑みを浮かべる。この二人の中にいるの微妙に距離感が難しいと困惑顔のフィッチャー。
早く帰りたい。
いつも思うことだが今回はことさら強く思うフィッチャーだった。
(彼の優しさ)