なにがどうしてこうなった。
 の問いに答えてくれる者は誰もいない。ただなぜだか目の前では新同盟軍軍主と旅の相方が料理を繰り広げているのである。

「あの、これなに?」
「料理対決」

 面倒くさそうに答えをくれたのは仏頂面の風の少年だった。そもそも彼がこんな騒がしい席に着いていることがには不思議でたまらなかった。
 歓声と野次の中、二人の料理人があれやこれやと料理を作っているのだがそれが軍主であるというのがそもそもの問題だし、相手がなのだというところもまた問題だった。二人とも料理人志望をしたことなどなかったはずだがその手は意外と様になっている。。
 レストランは臨時の特設料理対決の会場となりどこからやってきたのか乗り気な司会者があれやこれやと実況をしながら観客をわかせている。
 人が集まり勝負事とあり熱気はあるが風通しは良い。レストランの窓は開け放されているしの座っている場所は観客がひしめく場所ではなく、反対側だったのでこれといって不快なことはない。

「それはわかるんだけど、なんで、二人?」
「僕が知るもんか。いい迷惑だ」
「で、なんで私たち審査員?」
「軍主命令だから」

 審査員は厳正なる抽選によって選ばれ、選ばれた者はやむを得ない事情を除きこの審査を受けねばならない。
 棒読みで、げんなりという様子のルックを見たが審査員がそもそも奇抜である。厳正なる抽選の結果というがどう考えても誰かが一部細工したとしか思えない。
 審査員は、ルック、タキにチャコ、ハイ・ヨー、ナナミの六人である。仕組んだかのような組み合わせで好みのばらつきがありそうな、どうやっても平均的に良い点をもぎ取れなさそうな組み合わせだった。
 今朝起きてみれば部屋に手紙ならぬ言伝された兵士がを待っていた。曰く、今日の午後はレストランにて料理対決の審査員をしてもらうと。これは断ることはできないので時間を守って来ていただきたいと神妙に言われて来てみればこのようなにぎやかなお祭りのような会場にいたのだった。

「定期的にしてるらしいけどこれ、どうなの」
「僕は自分の料理より不味いものは食べたくない」

 その言葉には意外だという表情を隠さずまじまじとルックを見ていた。彼の普段の様子からしてとても料理をするようには思えない。家事が好きそうな性質にも見えなかった。
 紋章の腕は抜群、生活感があまり見えないこの少年から料理を連想するのはひどく難しい。

「何」
「意外かなと思ったけど、ルックが作った料理ならおいしそうだなと」

 ルックから料理を連想することは難しいがするとわかれば納得できないこともない。
 細かいところまで綿密に積み上げていくのが紋章であり、大雑把なことは許されない。大技は規模の大きさから細かな術よりも繊細さは要らないように見えるがどんな術もその規模や使う場面によって細かな調整が要るのだ。真に大雑把な人間は専業の紋章使いにはなれない。
 そういった意味から言ってもルックが料理ができたとしてもはそう驚かない。細かな料理を作るだろうし時には一工夫加えて独自の料理を作るだろうとも思えたのだ。そうなるとルックが実は料理上手で人の料理は下手に食べたくないと言うのもそうおかしくはない。元々食事の好みはうるさそうな印象を受けるのだがさらに拍車がかかっているというだけだ。

「僕はここでは料理はしないって決めてるんだ」

 その反応には孤児院の弟妹たちを思い出した。下の子どもたちが寝てしまうと、「今日はもう子守なんてしない」と言って外に飛び出していくのだ。毎日毎日あれやこれやと面倒を見なければいけない年長たちのぼやきである。
 それと重なった。ルックもまたここに来る以前は日頃から料理をする、しなければならない状況だったのだろうか。そう思わせる言葉だった。
 顔をいつもよりもより一層しかめる顔がそれを裏付けている。

「意外と、苦労人なんだ」
「うるさい」

 それ以上口にすると少年が即座に紋章を発動しかねなかったのでは黙り、賢明に料理を続ける二人に視線を戻した。


 即席の料理対決でありいきなりの開催だった為か料理はフルコース対決ではなく、昼下がりの午後に合うおやつ対決だった。
 二人とも一生懸命作っているもののなにかはよくわからない。ほんのりと甘い匂いは漂ってきているがそれが形になるのはもうしばらく先のようだった。

「軍って、もっと堅苦しいところかと思ってた」
「ここは、義勇軍だからね。厳しい戒律があるわけじゃない。戦うことを義務としている人間ではなく戦いたいと多かれ少なかれ志願してくる場所だ」

 志を募りそれに沿う人間がここに集まってくる。戦うことを強制した訳じゃない。守りたい為に、ここにやってきている。
 も請われはしたが行くと決めたのは自分だ。と共に戦おうと、自らの意志でここに立っている。
 だから、ここには必要以上に厳しい軍律がないのだ。もちろん最低限はある。軍を軍とするに必要なものは揃ってはいるのだがそれ以上はないのだった。

「でも、義勇軍というよりは、ひとつの大きな家だね」
「家?」

 ストン。が疑問に思っていたこの軍の呼び名はこの言葉を口にしたとたんきれいにまとまった。
 家族。軍とは縁遠い言葉だ。血なまぐさく戦のど真ん中に身をおく者にとってはなおさら。
 ルックの顔は怪訝なもので、理解が出来ないと言わずとも顔に書いている。仲間、友情、家族、そういうものはルックにとってこの場に必要ではないだろう。

「だってそうでしょう。ここを出て、戦を終えて戻ってくれば城という家があり、仲間や家族がおかえりと出迎えてくれる。顔も名前も知らない相手でも、戻ってきた相手は、出迎えてくれた相手は同じ新同盟軍の家族みたいなものでしょう?」

 国にある軍にはおかえりと言ってくれる同じ仲間はいても迎えてくれる存在はいない。この新同盟軍には多くの非戦闘員がおり、商売人や兵士の家族がいる。街と言っても過言ではない様相というのも大きな要因の一つだろう。
 この料理対決にしても休憩中の兵士はもちろんこの城で暮らす兵士以外の人々も相当数見に来ている。やはり、ひとつの街であり大きな家族のようだった。

「何の関係もない、他人の寄せ集めだ」

 ルックの言葉は正しい。血のつながりはない。偶然にも同じ時、ひとつの目的に集まった集団だ。この大きな目的を失えばいつかはバラバラになる集団。
 他人の寄せ集めというには簡単だった。けれどは大いに盛り上がる会場を見つめながら口の端を緩める。視線の先にはいつも隣にいるのが当たり前だったはずの旅の連れがいる。最近はお互いに自由行動も増えたのでにとってはこの世界に来てが隣居ないのは少し不思議な間感覚だった。

「でも、それを家族と呼べるのよ、人間は」

 の育った家は他人の寄せ集めだらけだ。血の繋がりを持った人間はほとんどいない。親を失くし、あるいは捨てられ、行き場所を失った子どもと、そして共に生きようとする少し不器用な大人がいるだけの、他人の集団だった。
 けれどにとってはそこは家であり人々は家族であり大事な人なのだ。だから、にとっての家族は血の繋がりでもなんでもない。

「甘ったれ」
「なんとでも」

 戦場でそんなことを言うのかと、存外に少年は責めていたがは笑っていた。人にとってこの集団の見方は様々で、とルックにとってそれぞれその見方が違う。それだけだった。

「でも、私は今ルックを一緒の家で過ごす仲間だと思うよ」
「ばっかじゃないの」

 心底呆れかえり信じられないものを見る目つきだった。馬鹿だとその目は嘲笑すら見せ、同時にほんの少しの揺らぎを見せる。
 はそれに笑うだけだ。ますますルックの機嫌が悪くなるかもしれないがは満足そうに笑みを浮かべたままだった。

「早く帰りたい」

 げんなりとしてつぶやいた彼の言葉のあと、ほどなくして調理終了の合図が鳴った。




 結果は同点。どちらも甲乙つけがたく、それぞれに好みが偏った結果だった。というより審査員が悪かった。
 タキは寄り、ハイ・ヨーは寄り、ナナミは寄り、寄りの点数だったのだ。と言ってもほとんど点数に差はない。どちらも大して差のない、至って普通のおやつだったのである。
 ちなみにルックはどちらにも1点という辛口評価で早々に審査員席を辞した。感想はどちらも「不味い」で一刀両断である。

「自分がおさんどんだからってそれを他人に求めるのは無茶だよねえ」

 対決を終えたがおかしそうに笑ってルックのいた審査員席を見ている。そんな軽口を言えるのはこの城の中でも数えるほどしかいないだろう。が尊敬のまなざしで見つめていた。
 観客もまばらに散っていったが多めに作っていたのだという二人によっておやつが振る舞われた。はクッキー、はお団子だった。方向性が違えどおやつとしてはよく出るメニューだろう。味も家庭で出る素朴な味で好みで票が分かれることになったのは当然の流れである。

って、ルックには辛口だよね」

 の作ったクッキーをかじりっている。形も整っており、の器用さはお菓子作りでも発揮されることが証明された。

「なんとなく、かな」

 に対して容赦ない言葉を叩きつけるのもまたルックではある。この二人はこれでも気が合うのだろう。そうでなければ今頃ルックはを切り裂いてるはずであるしはそもそもルックに近づかない。
 以前、ルックがが自分に近づいてくるのは同じ業を背負っているからだと言っていたことを思い出しただがそれが何かはわからず仕舞だった。

、」
「ん?」
「ルックとは、同類なの?」

 空気がぴたり、固まった。
 周りではいまだお菓子が振る舞われたり会場の片づけが進んだりと騒がしいのだがの間だけ、音もないように静まりかえり誰も寄せ付けない空気をまとっていた。
 は唇を噛みしめはしたが前言撤回はしない。それがおそらくはにとっての地雷であると予想はできていたがそれでもあえて一歩、わざと踏み出した。

「ま、口の悪さというか口が達者な意味では同類かな」
「よく回る口だもんね、二人とも」

 はなんてことないように軽く笑い、もそれに応えるように笑った。避けたことに、避けられたことに、お互いわかっていても何も言わなかった。
 いつもの調子で話をし、片づけを一緒に行い、軽口をたたいてみたり、をそれに巻き込んで笑い合ったり。
 先ほどのあの瞬間などなかったかのように、二人は日常へととけ込んでいった。


(足りないピースはどこ)