うららかな午後、戦中と言えど現在戦況は膠着状態。つかの間の休息といったところである。
そんな中、お昼時も過ぎレストランでは軽食や菓子類がよく出ている。サンドイッチやケーキ、甘い飲み物類があちこちで楽しまれている中、その甘ったるい空気に似合わない光景がとあるテーブルにあった。
「んで、お前がホシに会ったのはいつだって?」
「トゥーリバーでの戦が終わってすぐぐらいだよ。二人でコボルト村の方からやってきたってさ」
「じゃあ二人はずっと旅をしてるわけか」
「じゃねえの?」
胸元からメモを取り出し書き込むのはリッチモンド。取材を受けているのはウイングホードのチャコである。テーブルには甘いお菓子にオレンジジュース。取材協力費である。
軍主から依頼を受けてとの調査をすることになったリッチモンドははじめにの調査をはじめた。
についてはこの軍内にも旧知の人物が多く、彼自身の情報は比較的すぐ集まった。十分報告に値するものになったのだ。
だがさあ次だ、とについての調べを始めるとそうはいかなかった。
「、手強い相手だな」
名前はわかる。年齢もまあわかった。だが出身地、ここに来た経緯などを調べようと思っても出てこない。そもそも彼女の知り合いが極端に少なかった。
ここの来るまではと二人で旅をしていたということはわかっている。同盟軍内でもチャコのように旅をしていた二人を知っている人間はいる。
だがそれ以上がわからないのだ。このあたりの出身なのか、それとも違うのか、ここに来た理由は。
「直接聞けばいいじゃん」
「それじゃ探偵の名折れだろうが」
依頼主の希望を相手に知られることなく完遂してこそ探偵である。リッチモンドは少なくともそう思っているしそれでなければ金をもらって仕事をする意味がない。
これあ調査不十分の報告しかできないなと、顔をしかめていたところだった。
「あ、当の本人じゃん。ー!」
「あ、こらクソガキ!」
「聞けば一番だって」
二人はレストランの外側で話していたので外にいたが見えたのだ。ぶんぶんと手を振るチャコにも手を振り返す。初日に再会してからチャコとは時々話をする。主にチャコの新同盟軍についての説明である。
リッチモンドが止める間もなくチャコは手招きをするしは軽い足取りでレストランまでやってきた。
「どうしたの?」
「こいつがに聞きたいことがあんだってよ」
頭を抱えるリッチモンドには首を傾げる。初めて見る顔だった。
誰、と視線でチャコに問えば探偵のリッチモンド、と簡潔な答え。
「ああ、最近私のことを調べてた人」
「そうそ。の出身地とか今までなにしてたかがさっぱりわかんねえってお手上げらしいぜ」
リッチモンドが言えないことをぺらぺらと全部しゃべってしまった。仕事完遂の文字ががらがらと崩れ落ちる音がリッチモンドの脳内で盛大に鳴り響いた。
ただの方はああ、と何か承知したようで苦笑いだ。席について通りがかりの店員に飲み物を頼んでおく。
「私、ここに原因不明で、多分転移の術で突然とばされてきたの。だから私の出身地も経歴も人間関係もわからなくて当然だと思う。と出会ったのがここでの経歴の一番初めだから」
話しているようで話していないの経緯にリッチモンドは目を大きく見開いていた。チャコももちろんである。
転移されて飛ばされてきたのだ、と言って素直に納得できる人間というのは転移の術を実際使える人間か、その力に頼ったことのある人間に限られる。普通はそうそう使えないし馴染みもないのだ。偶然にもここには転移の紋章術を使う少女がいるがリッチモンドはそんな人物は彼女以外に見たことがない。他にも使い手がいることも驚きだった。
「じゃあ、あんたの出身地は?」
もうこうなりゃ聞けることは全部聞いてやる。
リッチモンドの開き直り精神には苦笑いだ。
「知りたいの?」
「そりゃ探偵として知りたいに決まってる」
チャコも気になるらしい。黙ってはいるがじっと視線をへと向けている。
二人分の視線を一身に受けどうしようかな、とは不敵な笑みだ。
「魔法が発達している国、とだけ言っておこうかな」
そこで飲み物が届きは礼を言って注文した品を受け取る。
リッチモンドは頭の中にある知識を総動員させチャコは最初から匙を投げてどこなんだよと聞いてくる。
もちろんはそれ以上答えるつもりもないので笑って誤魔化している。
「……じゃあいい。それは置いておこう。ここに来た経緯は?」
「に誘われて。なら、ついていきたいと思ったし、もいいと言ったから」
簡潔だった。リッチモンドが言いたいのは物理的な面だけではなく心理的なものでも何かなかったのか、というところだったがまあいいと要点を書き込んでいく。
「なあ」
「なに?」
「おれよく「とって恋人同士なの?」って聞かれるんだけど」
盛大なせき込みだった。のどに詰まったらしい。苦しいのか落ち着くまで苦の字に体を曲げていた。
なんとか顔を起こしたの顔は真っ赤だ。もちろん恥ずかしがっているからではなくせき込んだせいである。表情自体は呆れている。
「ビクトールから聞かれた?」
「とか、そこらへん」
城で知り合った女の子たちならをお茶会に誘うなりちょっとした夜の集まりに誘って遠回しに、もしくは直球で聞いてくる。それをしない上にチャコに聞いて確かめてこいというようなことをする人物は自然と限られてくる。
「あのくまは何度否定しても話を聞く気がないなあ」
「じゃああんたら恋人同士じゃないのか」
「ヒックスとテンガアールみたいな二人旅じゃないですから」
先に仲間になっていたヒックスとテンガアールは一見力関係が主従のようだがれっきとした二人は恋人同士である。それは本人たちもなんだかんだ言いながら認めている。
は何度目になるかわからないいつもの説明を口にし始める。
「いきなりここに飛ばされた私はとたまたま会って、私が国に帰れるまで一緒に旅をするという約束をした旅の相棒でありそれ以上でもそれ以下でもありません」
期限はが国から迎えが来るまで。それまでは一緒に旅をする。そういう約束をしただけだ。
旅をする、というところが新同盟軍に滞在する、ということになったが城に来てからもとはよく一緒にいるし、暇があれば二人で城の外へ散策に行く。
恋人同士ではないがお互いに背中をあわせて戦える程度にお互いを信じてはいる。
周りが思うような関係ではないが彼ら自身も関係を言い表しづらい旅の仲間ではある。
「そうか。そういうことだな」
リッチモンドは特に追求することなくそれもまた書き込んでいく。ただ口調から当たっているかは別として何かを察した様子には苦い顔だ。
チャコは本当か、と疑わしそうな目をするがぽんぽんと頭を撫でられれば慌てて目をそらした。この少年はが弟のように扱うのが気恥ずかしいのである。
「まあ今回はこの辺にしておこう」
「もうこれ以上調べる依頼がこないよう祈るばかりか」
としてもこれ以上調べられても困る。特に話すこともないのだ。自分の出身地については特に、これ以上話す気もない。
「悔しい結果だがこれで報告書がまとめられる。ありがとな、」
「いいえ。おつかれさま、リッチモンド」
ここは自分が払っとこうと、伝票を持っていくリッチモンド。
チャコは食べかけのケーキに手をつけ、は飲みかけの紅茶を一口。
「で、チャコ」
「ん?」
「おもしろおかしく私とが恋人同士だと言い触らしたのはチャコとビクトールね」
残りのケーキを一口で食べるなりチャコはひょいとレストランを飛び出して、というより文字通り飛んだ。
「チャコ!」
「火のないところに煙は立たないんだろ!」
言い逃げしていったチャコの姿を見送ることになりはため息。
「火のないところ、ね」
苦笑いをひとつ。
どうせまた近々どこかから問いつめられるのだろうなとため息をつき、今だけはとのんびり構えることとした。
(カモミール香る午後)