さあ新同盟軍に仲間入りだと足を踏み入れた二人だったが数日は忙しかった。
 主に、が。

「人気だねえ、
、呑気に飲んでないでこっちに来ない?」
「そろそろ遠慮する」

 は連日連夜ビクトールに連れまわされて酒盛りの席についていた。集う面々はもちろん三年前の解放戦争に参戦していた古馴染たちである。毎夜参加するのはビクトールとフリックぐらいで、後は代わる代わるの顔を見に、そして無事を心から喜び、最終的に心配しただの、せめて書き置きぐらいと愚痴るだの、さんざんに絡み倒した後で酒場を後にする。
 はその様子を連日連夜その輪から外れたところで観察していた。もちろん声をかけられれば一緒に飲んだがそれ以外は一人で飲んだり、手が空いたレオナと女同士の会話をすることもあった。今回の戦争から加入してきた面々ともいくらか言葉をかわした。
 酒の席というものはやはり馬鹿にはできないもので、は既に数人に顔と名前を覚えられている。もちろんの古馴染たちは除いている。そちらは言う前に名前を覚えられていたりするのだった。情報漏洩は主にビクトールからである。

「よお、隣いいか?」
「どうぞ」

 その日は一人カウンターで飲んでいたのだが空いていた隣にすっと体を滑り込ませたのはフリックだった。自然に、何の違和感もなく隣に座る男を見て、その視線が気になったのか無防備に顔を窺われたらも苦笑いだ。顔が整っている腕利きの傭兵。若い女の子が、女性が、声を黄色にして視線を向けるのも無理はない人物だった。

「オレの顔に何かついてるか?」
「女の子にモテそうだなあと」
「……」

 げんなりとする色男には軽く笑った。現在フリックが大変オアツイ女の子に惚れられているのは先日入って来たばかりのですら既に承知しているのだ。フリックの周りはさぞ愉快だとからかっているのだろう。事実、彼の顔は何とも形容しがたい表情を浮かべていた。
 きっと今のはその女の子からすればはちょっとムッとする相手だろうし、フリックに好意を寄せている女性からみてもフリックの隣に座るなんて、と嫉妬と羨望を向けられるだろう。ただ当のといえば気にもせず苦虫を嚙み潰したような顔をするフリックを見て楽しそうにするばかりである。
 レオナがその辺でやめてあげなよと一言入れるとはそこでようやくその手の話を切り上げる。

「で、フリックは私と何か話したいことでもあった?」
「なんでいつも最初は離れて酒を飲んでるのかと思ってな」

 その声色は興味本位半分、心配半分といったところである。
 は少し考えるそぶりを見せ、それからふわり、笑った。

は、あんな風に三年前生きていたんだなって」

 を見てそう笑うは子を見る母のようでもあり、弟を見る姉のようでもあった。あまり、に向けられる類ではない笑顔。
 出会ってから新同盟軍に入るまで二人は旅をしていた。何も知らないと、すべてを隠していたかったと、何の縁か二人は出会い、そして今ここにいる。
 フリックも幸運にも三年前、死にそうになったところをなんとか生き抜きこうしてまた剣を手に戦に身を投じている。三年前と似ているようで違う。

「俺たちは傭兵で、ビクトールはともかく、俺はミューズの地での恩との目指す平和のためにここにいる。まあ、そんなの後付けで、気づいたらこうなってたんだけどな。ただ昔は違う」
「フリック?」
「三年前のはな、自分で選んで、自分の国を倒すと決めた。そのために足掻いて、叫んで、血を流して、」

 今もそうだ。けれどフリックもも、三年前と今は違う。生まれて初めての大きな戦。生まれ育った故国を敵として、多くの仲間を失って、血反吐を吐いて、それでも前を向き続けた日々。一生忘れ得ぬ日々である。

「俺と、昔はものすごく仲が悪かったんだぜ」

 酒をあおりながら口にすればは目を丸くしてフリックを見返した。今の二人からは想像できないのである。
 当時はフリックがを見ればとにかく剣呑な顔つきで、和解したあともなかなか態度を軟化せず、周りに苦労をかけたらしい。

「今はこうして笑い合えるけどな。多分、三年あったからだ」
「時が解決してくれた?」
「ああ。あとは、お前も結構貢献してると思うぞ」

 きょとんと、何を言ってるのかという顔をするにほほえましいと笑みを浮かべてしまう。
 たくさんの声が行き交う中で二人はひっそりと会話を重ねていく。ほかの誰にも届かない。

「私が?」
「お前がいなきゃあいつはあの時トランに帰ってもすぐ姿を消してたかもしれないし、この軍にも入らなかったかもしれない」
「そうかな。のことだから観念して少しはクレオさんとパーンさんのところに立ち寄るようにすると思うけど」

 実際、新同盟軍に行くことを告げればあれやこれやと心配され、戦争が落ち着いてからでいいから一度は必ずトランに戻ってきてくれ。むしろ戦争中だが可能なら今後定期的に屋敷に帰ってくるようにと念書を書かされていた。
 その経緯を見ているにとってはフリックの言葉は納得しがたいものがあったらしい。

「あいつは、自分が怖いんだよ」
「……それはが人を避けている、理由?」
「詳しいことは、あいつが言わないなら言えないけどな」

 フリックは安心していたし、同時に不安にも思っていた。が隣にいる安心と、それを失くすかもしれないへの不安。知ったあとのの心がどうなるかという不安。
 はもう、誰にも心を許せないのではないか。
 フリックだけではない。事情を知っている人間からすればそれは大きな心配ごとだった。自分たちは彼の憂慮する事柄を知っている。だからこそ、迂闊に近づいて傷つけることを恐れ、もまた傷つけることを恐れている。
 だから、の存在ははもちろん、フリックたちにとっても一筋の光明なのだ。どうなるかはわからないけれど、希望の光。

、もし、」

 その言葉の続きが発せられる前に大きな音がカウンターに響いた。杯を置いたらしい。
 二人が振り返れば予想通りの人物。
 ビクトールが大笑いをしながらとフリックの間に入り肩を組んだ。

「おー! ! お前なにフリックと大人しく飲んでんだ? もっと飲もうぜ!」
「フリック?」
「いや、なんでもない」

 言いかけた言葉は音ともにどこかに飛んでいったらしい。
 不思議そうな顔をするにフリックはただ苦笑いを浮かべるだけだった。


(きっと君は知らない)