「様ねえ」
「勘違いされたけどのんびり釣りが出来るなら良いよ」
「私はお姉ちゃんで、ね」
ラダトの街を離れてしばらく経つ。戦禍から逃れた二人は現在ラダトの傍を流れる川の上流にあるバナーという村に滞在していた。
山間部に位置する村は自治区のように存在しており戦争とは無縁の世界のように思えた。もちろん、思えるだけでここにまで戦争の話もやって来るし志願兵だっていた。彼らが街からの噂を村に持ち込んだ結果、二人は様とその姉という枠に収まっている。
「そもそもあの子、十代で赤い服を身に纏った人というだけでを軍主様と間違うなんてね」
「に至っては俺と一緒にいる同年代の女の子、でお姉さんだしね」
「本物の軍主様が身分を明かしてくれてたらなあ」
ラダトにやって来て宿に向かっていた二人に突然勢い良く突進し話しかけてきた少年は開口一番に様だと叫んでくれた。早とちりとは恐ろしいもので少年の中ではあれよあれよという間に二人は身分を隠した新同盟軍の軍主とその姉ということになってしまったのだ。それがしばらく前のこと。
村の人は子どもの言っていることだと相手にしていないしたちのことも少年の勘違いに付き合う人の良い旅人だと思っている。少年の夢見がちで突っ走った考えだけが彼らを英雄にしたてあげていたというわけだった。
実際の様は現在多忙を極めているはずだ。
とはバナーの村にたどり着くまでにかなりの日数を費やしている。なぜかといえば遠回りをしている間に新同盟軍の人々が秘密裏にバナーの村を通過しグレッグミンスターの土地へ援軍を頼みに行ったからだ。二人はその間山中で狩りをし木の実を集め野宿を繰り返していた。
二人はそのことを思い出し、そして同時にある人物を頭に描いた。
「ルックは良い人なの? 実はお節介焼きなの?」
「あれは捻くれ者だよ。前からそうだけど三年で磨きがかかったかな」
二人が順調に進むはずの道でなぜバナーの村近辺で野宿続きだったかというと理由がある。
元々は道中必要な野宿で、が火を熾すための薪を集めている際に、道から外れた洞穴を見つけたのが初めだっだ。巣穴ではない、魔法の色の濃い洞穴。道具の準備は万端で気力体力共に十分あった。食料も十二分にある。森の中で追加の食料にも困りそうにない。が行かないわけがなかった。を連れて意気揚々と洞穴探検へと向かった。
その洞穴は昔何かがあったのか、鉱石から強い魔法の気配がしており、最奥には随分と強い魔物がいたもののそれを倒してみれば力の結晶とも呼べるような美しい鉱石を手に入れることが出来たのだ。もちろん原石で加工された宝石の美しさなど持ち合わせていなかったけれどは気に入ったらしく、それ以来片時もその鉱石を手放さない。
思わぬ寄り道で予期せぬ拾いものをし、改めてバナーの村に向かおうとしたところふわりと風が吹いたのだ。そして聞こえるはずのない人の声が風に乗って聞こえてきた。
「でもルックが風に声を乗せて教えてくれたからの顔馴染みと会わずに済んだんでしょ」
「まあね。様には少し悪いけどとりあえず今はここでの釣りを満喫しようかな」
ルックが風を使って知らせてくれたのは一行がバナーの村に向かっているということ。それとその中にの馴染みの人間がいるということだった。彼の風は一行の会話を正確にたちの元に落としてきた。
鉢合わせをしたくないのために二人は一行がバナーを通過しトラン共和国に行っている間にバナーの村の道具屋で野宿の道具を揃えて彼らが再びバナーの村を訪れるまではひっそりとした野宿生活を続けた。
新同盟軍は勢いこそつけ始めていたがその勢力は敵対するハイランド皇国に比べて頼りなく、隣国のトランに援軍を頼むことにしたらしい。そしてその通り道にこのバナーの村があり彼らとたまたま村で鉢合わせそうな旅の日程だったのだろう。
その予想を立てたのはだった。まだ各国の情勢に疎いは夕食後の語らいの中でが口にする各国の現状を頭に叩き込んでいた。
「ハイランド皇国の狂皇子が強い、と」
「そう。俺も実際に見たことはないけど随分と残酷な人物らしいよ」
バナーの村で、それも食後のお茶を飲みながらの話題としては物騒だったが誰も気にとめない。宿屋は彼らの貸し切りのようなものだし宿の人はいつものことだと放っておいてくれている。この時間はいつもの勉強会だった。
他愛のないことから今回のような戦時事情まで二人の間では様々な話が交わされる。その度には疑問を口にしがそれに答えた。
は紅茶を一口含んだあとにじっとを見た。
パッと見はあどけなさを残す外見をしている。と見た目の歳はそう変わらない。それなのにはの質問のほとんどによどみなく答えてくれる。
「何?」
「いや、私より年下には見えないなと」
きょとん、と首を傾げられた。そうした仕草は歳相応のものだったが年下はの方だろうと言われるともきょとん、である。
お互いに何か見解の相違があると気付いた瞬間だった。
「って同じぐらいじゃないの?」
「って私より年下でしょう?」
お互いの見た目は共に十七、八である。年端もいかぬ二人がどちらが年下かについて議論する様はかわいらしいものだ。少なくとも傍目から見れば。村の人間がどれだけ信じているかはわからないが一応この場ではとその姉なのでこの話題は際どいのだが誰も耳を傾けてはいないのが救いだった。二人のにらみ合いだ。
「じゃあせーので年齢言おうじゃないかくん」
「良いよ」
お互いに何を負けるまいと気負っているのかわからないままに笑い合った。にこりではなくにやり、である。
どちらからともなくせーのという合図を口にした。
「二十二」
「二十一」
お互いが相手の年齢を聞いて顔を歪めた。完全に予想外の答えだったのだ。
嘘だ、とお互いに呟いた。どこからどう見ても十代の二人である。二人とも相手がまさか二十を超えているとは思わなかったのだ。
「年下には変わりないけど未成年の前だからってこそこそお酒飲む必要なかったじゃない!」
「そういう問題? 途中から普通に飲んでたじゃないか」
は苦笑いだ。それから心のうちで安堵。どうしてそんなに若いのかなんて、彼女は聞かなかったのだ。それからそのまま宿の人間に酒を頼み始めた。
ほどほどに、とが声をかければ飲まれるまでは飲まないとどうにも不安な返事が返ってきた。
二十二歳。二十一歳。
どちらが年上かと分かっても相変わらずが年上のような状態は変わらないのだった。
(こどもは隠れるのがうまい)