毎月一度、シーモアは何かに向かって祈りを捧げてる。それを私は知らないけど、シーモアは何かに向かって祈ってる。もしくは願ってる。何かを。
 屋敷を取り仕切っているトワメルさんにそのことを言ってみたところあれは追悼なのだと教えてくれた。

「…月命日みたいなもんか」

 シーモアのお母さんはシーモアが小さい頃に死んでしまったらしく、いつからかはわからないけれどシーモアは月に一度静かに追悼する日があるのだという。息子のために命を投げ出した母を想う日が。
 トワメルさんは誇らしげに、奥様は祈り子さまになられましたと教えてくれたけど、私はそんなの嬉しくないと思った。私なら私を守ってくれる強力な力じゃなくてそばにいてくれる方が良い。眠れない夜に大丈夫かと心配してくれる声が欲しい。

「どうしました」
「愛の表現は難しいと思ってただけ」
「?」

 一日に一度は異界でじっとしている私のところにシーモアも一度は様子を見に来る。遠出をしていない限りは毎日。そうして私と少し話をする。今日もそうだった。
 きっとシーモアのお母さんは彼女なりに息子を守ろうとしたのだろう。トワメルさんの話だとヒトであるお母さんはグアドの中では虐げられてこのグアドサラムから追い出されたという。無力な自分では愛する人の隣に立つことも、愛する息子を守ることも出来ないと思ったのかもしれない。
 だから、間違いではない。祈り子となってシーモアと契約を結びシーモアを守るのが彼女の選択であり決意だったんだろう。その手で抱きしめてあげることが出来なくても、守りたかったんだろう。
 でも、シーモアはひとりぼっちになってしまう。大切なお母さんには会えなくなり、お父さんは自分たちを追い出してなかなか呼び戻してもくれない。

「シーモア、お母さんは好き?」
「…トワメルから、聞きましたか」
「お母さんは好き?」

 ええ。さびしさと悲しみとなつかしさと愛しさと、いろいろなものを含ませながらシーモアは頷いた。

「お父さんは好き?」
「好きでは、ありませんでした。一族の長としては立派だったとは思いますけどね」

 故人ですから今はただ偲ぶばかりです。
 その言葉と、表情と、空気。それが、私に告げている。微笑みは嘘だ。仮面だ。シーモアはお父さんを偲んではいない。好きじゃなかった。一族の長としては役目を果たしたのだと思ったかもしれない。
 でも、シーモアはお父さんを、憎んでるんだね。お父さんを父親としてみているからこそ、シーモアはお父さんを憎んでいる。今も、まだ。お母さんと自分を悲しい目にあわせたお父さんを。ひとりぼっちにさせた原因を。

「…シーモアは、手のかからない良い子だって言われてた?」
「いきなりどうしたんです?」
「言われてた?」

 二回聞けばシーモアはだいたい答えてくれる。答えてくれないときはとても大事な仕事に関わることか、自分の秘密にしておきたいことだけだ。大抵のことはこう聞けば答えてくれる。
 今もそう。少し考えてからやっぱり答えてくれた。

「そうですね。周りからはそう言われることが多かったですね」
「もっと、わがままに生きたら良かったのに」

 それか、もう少し早ければ良かったんだろうか。シーモアがグアドサラムに呼び戻されたのは十年ぐらい前だという。そのときは既に大人びた、少年には見えない子だったらしい。
 もう少し早ければ泣き喚いてお父さんに恨み言をぶつけられたんだろうか。お父さんの手を受け入れられたんだろうか。お母さんがいなくなる前?まだ二人でいた頃なら?

「さみしい」
「?」

 とても、淋しい人だ。とても、悲しい人だ。
 今からでも良いから、少しぐらいわがままになれば良いのに。シーモア、私はきみのわがまま、聞くのに。
 でも大人に慣れてしまったあなたは私にはそんなこと言ってくれないのだろうけど。

(わがままの行方)