夜になると突然目が覚める。与えられたふかふかのベッドで目が覚める。そのとき私は大声で泣きたくなるぐらいに悲しくなる。それでも私は泣けない。ここは私の家じゃなかったし、それに泣いてしまえば私は負けた気がするから。
それでもときどき耐えられなくて、でも涙は流したくないから涙を引っ込めるためにベッドからむくりと起き上がった。ベッドが軋まない。上等なベッドだ。ダイブしても壊れる気配なんてない。
夜になるとシーモアの屋敷はとても静かになる。彼は人がいることを好まないから仕えている人は朝早くの仕事をする人だとか古参の人を除けばみんな通いだ。数人だけがいる屋敷は人の気配がしない。空気が冷たい。
「…さむい」
客室だという私の仮住まいはバルコニー付きだ。小さな音を立てながら扉は開かれる。私はそっとバルコニーに出てそしてうずくまる。
落ち着いたらまた眠りに就くのだ。明日のために。あるいはもう既に今日になった日のために。
「風邪をひきますよ」
「…シーモア」
声は夜空から落ちてきた。本当はそんなことありえないのだけど、空から声が落ちてきたのだ。もちろんそのすぐあとにそれは空から落ちてきたんじゃなくてななめ上の部屋のバルコニーにいるシーモアの声だった。
姿は見えるのに手は届かない位置だなんて少しロマンチックな場面のような気がした。私とシーモアは恋をしているわけじゃないし毎日会っているけれど、このロマンチックな状況が起こした距離は、これは、現実だった。見えているのに触れることが出来ない、触れずにいる。それが私とシーモアの距離だ。お互いに何だかんだ言ってこの線だけは越えない。
「不器用な人ですね」
「…何が?」
シーモアの声に驚いて涙は奥に引っ込んでしまった。これで寝られる。
ホッとしたところで、シーモアは微笑む。ほんの少しだけ。でも、いつもいつも浮かべる笑顔じゃなくて、なんというのかわからないけれど微笑んでいた。なんだろうか。ぐるぐると言葉を探す。相応しいものを。この微笑みの名を。
細めた目をこちらに向けたシーモアは夜だからか、それともいつもと違う微笑みだからか、違う人のようだった。確かにシーモアだけど、別人のようなのだ。雰囲気が、優しいのかもしれない。
「一人で泣きたくて外に出てると思いました」
「……ばっかだなあ!そんなことしないよ!」
泣きたくなくて外に出たくなったんだよ。涙なんて零さないで笑っていたかったから。だから私は今ここにいるんだ。
それは秘密だ。泣いたら全て、全て終わってしまう気がして私は口に出来ない。帰る方法が見つからないことが確定されて、私はこの世界では一人外れた存在になってしまう気がするから。だから、私は泣きたくない。
「気分転換に外に出てたんだ。今日はもう寝るね。おやすみ、シーモア」
「…おやすみなさい」
お願いだから、涙を誘うような言葉は吐かないで。優しく私を見ないで。お願いだよ、シーモア。
優しく触れてくる言葉と微笑を振り払うように私は急いでベッドにもぐりこんだ。
(優しさは毒)