シンの討伐作戦。
 意外と目の前に私が求めるものが見えそうで、目を丸くした。
 同時に、そこに行けそうにないことに目眩が起きそうだったけれど。

 ミヘン街道の終わり、その向こうはキノコ岩街道といわれる岩の多い街道となるらしいのだけれど、その境に関所が設けられ、今はシンの討伐作戦のため関係者以外はこの道を通ることはできないと言われたのだ。
 私はハッとして、どうにかこの先に行けないかと思ったけれど召喚士の肩書を使ってもいけないのなら、召喚士の連れとして顔を見られた私にはもう手段がない。ユウナたちも作戦の内容が内容だけあって通してもらえないからといって立ち去るわけにもいかないみたいで、私たちはどうしたものかと関所の前で立ち往生をしていた。

 でも、立ち往生する私たちの元に救いの手は現れる。
 ここで立っていても仕方がないからと一度引き返そうとした時、『それ』に気づいたのは私だった。

「あ」

 気づいた瞬間、一番近くにいたアーロンさんの後ろに反射的に隠れた。コート姿が大きくて隠れやすかったというのもあるけれど。
 次にユウナが気づいた。
 そうこうしているうちに彼らは私たちのすぐそばまでやって来た。
 ユウナはその人に対してエボン式の挨拶をし、頭を下げた。頭を下げられた方も丁寧な礼をして、その声を空気に震わせた。

「またお会いできましたね、ユウナ殿」
「は、はいっ!」
「どうかしましたか? お困りのようですが」
「実は……」

 隠れ蓑からため息ひとつ。隣から咎めるような視線がひとつ、ふたつ。
 それはそうだろう。目の前にいるのはエボンの中でも特別偉い、老師様なのだから。私の行動は明らかに彼を避けていた。……正しくは、彼と、彼に付き従う二人も、だったけれど。

 ユウナの向こう側から聞こえたのは懐かしいほども離れていない、聞きなれた声だった。数日前まではこの声に何の疑問もなかった。安心できた。今も、本当の所は、ほっとしているのかもしれない。でも同時に、どうしようもなく不安だった。
 正直、何を話しているのかなんて聞く余裕もなく、バレているのかいないのかだけで私の頭の中は精一杯だった。逃げたと言ってもいい。恩知らずな私のこと、気づいているんだろうか。

 不意に、話が途切れた。気づいたのは誰かが通るためにみんなが道を開けたからだ。赤い衣に隠れるがまま、私も道を開けた。誰かが、なんて思いながら私はもうわかってる。
 まだ認めたくなくて、もう認めてしまっているその姿をなるべく視界に映さないようにしながらも、何をするのかと、結局目は彼を追っている。
 気づきませんように。声をかけられませんように。
 私の願いどおり、なにもなく、彼は私たちの間を通り、何やら通行止めをしていた人たちと話していたかと思うと、通れるようにしてくれた。
 そのまま、そのまま立ち去ると思っていた。そうだといいのにと思ってた。反面、そうじゃないといいのにとも思っていた。

「隠れている者は、何か隠れるようなことをしたのですか?」
「……」
「彼女は、」
「グラムが困っていますよ」

 彼の隣にいるのがグラムだって、わかっている。困らせたのは私。迷惑をかけたのは私。
 ほとんどの人が首をかしげてる。私が挙動不審だったのはともかく、彼がどうして親しげに私に声をかけているのか。

「魔物に襲われたのではないかと、心配しましたよ」
「……」

 それは、スタジアムの魔物のことかと、聞きそうになった。
 ユウナたちはきっとこのことを知らない。私も知っているといっても、どうして魔物を放ったかは知らない。だから、言うつもりはなかったけれど。それでもつい、聞きたくなってしまった。
 でも、私は結局どうしていいかわからず、ただ黙って身を半分赤いコートに隠すしかなかった。

「あの、シーモア老師は彼女とはお知り合いですか?」

 尋ねたのはユウナだ。今この場で問うことができる、唯一の人かもしれない。
 ユウナの問いかけに彼は、シーモアは、何を考えているのかわからない微笑みを浮かべながら答えた。

「異界に迷い込みそうになっていたところを助けてからグアド族が保護をしている方です」

 私とシーモアを表すにはわかりやすく、それ以上に説明するところなんてなかった。なんにも。保護した側と、保護された側。知らない人の言葉みたいだった。私の知らない声みたいだった。間違いなく、それはシーモアの声で、シーモアの言葉だったというのに。
 私はその衝撃で思わずシーモアから視線を逸らしてしまったけれど、私とシーモアの関係についてただ周りにはぎょっとされた。ワッカさんなんかは、あからさまに一歩分跳び跳ねた。それをルールーさんが肘で思いっきり小突いていた。
 驚いているのに誰もなにも言わないのはシーモアが私の言葉を待っているからだ。こわくて顔を見られないけれど、そういうことなんだと思う。

 バレているのに隠れたって仕方ない。仕方ない。言い聞かせて、赤いコートの後ろに隠れるのをやめた。俯いて見ない振りもやめた。
 そうしてやっと出てきた私のことをみて、私もシーモアをみて。
 ルカに入って、事件の後からシーモアはなんだか遠くの人同士だった。そんな気がしてきた。実際今だって知らない人みたいだった。それなのに。

「……無事で、良かった」

 その声だけが、確かに私の知ってる、シーモアだった。私を見つけてくれた、私を守ってくれた、私が知ってる、シーモア。
 ずるい。
 ずるい。

 その声だけで、私はますますどうしたらいいのかわからなくなっていくんだ。

(たったそれだけ)