優しい人はシーモアという名前だった。不思議な木の中にある街の長らしい。ここにはグアドという木 の精霊みたいなくしゃっとした人たちの住処だと案内してくれた。
 シーモアは私にここの衣服と彼の家の客室と、食事と、とにかく生活に必要なものを全て揃えてくれた。なんて良い人なんだろう。見知らぬ場所にいる恐怖もさみしさも、そんな優しさで誤魔化した。何度も伝えたありがとうをまた心の中で伝えて。

「私の世界は、どこにあるんだろう」
「話を聞くとまるで千年前の都市のようですね」

 私はすぐにここは違う場所だとわかった。シーモアにたくさんのことを説明したけれどシーモアははてなばかり浮かべていたから。私も彼の話すことにははてなばかり浮かべていた。お互い言葉は伝えられるのに会話が成立しなかった。
 千年前という途方もない年月を口にしたシーモアはこちらに来てください、と優雅な足取りで私を導いた。拾われて一週間、この人は完璧な紳士だと痛感した。モテるんだろうなあとその整った顔をじっと見る。

「どうかしましたか?」
「ううん。なんでもない」

 見惚れかけていたとはとても言えない。内緒だ。内緒。






 シーモアが見せてくれた映像はスフィアというものから映し出されていた。その不思議な道具にも驚いたのだけどそれはDVDだとかビデオだとかと同じものだと思えばまだ納得できた。ただ映し出された世界には驚いた。
 今シーモアと過ごしているここよりはよっぽど現代的だった。夜でも明るい街だしネオンが光っている。道路だってあった。でも、やっぱりこの世界の中で進んだ技術という感じだったのだ。現れる人の恰好は私の見慣れないものだった。
 でもシーモアが千年前の都市というそちらの方が近いといえば近いのだ。ここは夜になれば火で明かり を灯すしかない。移動手段は基本的には歩きだという。

「…不便な世界だね」
「わたしにとっては当たり前ですから不便だと思ったことはありませんよ」
「あ…ごめん」

 自分の故郷を悪く言われて喜ぶ人間なんていない。私は頭を下げて謝った。私だってあなたの世界は不便だねなんて言われたら気分が悪い。
 でもシーモアは構いませんよと優しく笑う。本当に、優しい。シーモアは怒らない。優しく笑って、全 て許してしまう。

「…ねえ、シーモア」
「なんですか?」
「どうして私に優しくしてくれるの?」

 私ならこんな素性の知れない人間を自宅に招きいれたりしない。世話を焼いたりもしない。良くて警察に任せて、おしまいだ。そばに置いておこうだなんて到底思わない。
 でもシーモアは私に良くしてくれている。しすぎなぐらいだ。

「…少し、似ていましたから」

 誰に、とは聞けなかった。踏み入ってはいけない気がして。踏み入ったら悲しくなる気がして。

(やさしさととまどい)