目眩を起こしそうだ。頭の中がめちゃくちゃになっている。
いつの間にこんなことになったのか。わからない。
「……シーモアってあの子が好きなの?」
「どうだろうな」
シーモアと総老師さまとやらがルカについたらしいので出迎えに足を向けてみれば何とも言えない光景に出会ってしまった。なんだろう。とびきりやさしい笑顔をその子に向けるシーモアがまるで別人のようで、私といるときといまとどちらが本物なんだろうとかいろいろ頭の中を巡って気持ち悪くなった。
見覚えのある金髪を見てもその子が近くにいるからどうしても話しかけることはできなくて、シーモアの方に向かうこともできなくて。
どうしたかというと、こみ上げる感情を持て余した。もういやだと、わけがわからなくなってたまらなくなって、気がつけば駈け出していた。
「ちょっとお手洗い!」
「おい!」
言い逃げした。もう少し上手い嘘が言えたんじゃないかと思ったけれどとにかく走った。走って、走って、人ごみに紛れてしまう。私はあっという間に人ごみに埋もれてグラムからは見えなくなったはずだ。実際に追いかけてきたはずのグラムの声も聞こえなくなった。全部全部、まぎれてわからなくなる。
こちらに来てから自分で動いて何かをしなければならないことが多かったとはいえ運動量は相変わらずひどい。走り続けていればすぐに体が悲鳴を上げた。
「っはあ」
きつくなって立ち止まれば肩で息をする始末。人のいない方へ、いない方へと進んできてみればシアターの前まで来ていた。
ふだんからあまり人が来ない場所だけれど総老師さまたちの出迎えに大多数の人は向かってしまったらしい。閑散としていた。
「……シーモアの考えてること、わかんないよ」
口にしてみて初めて気がついた。私は、何も知らない。シーモアのことを何も。シーモアが何を考えていて何をしたいのか。私が知っているのはわずかなことばかり。
なんにも、しらない。私はただシーモアの優しさに甘えて、甘えて、それだけ。シーモアは話してくれない。私も聞こうとはしなかったけれど。
私の知っているシーモアはお母さんのことを大切に思っていて、人をからかって、優しく笑う。私のことをやわらかな瞳で見てくれる。私より大きい手をしている。
ああ。考えてみればたくさん知っている気がするのに。ひとつひとつ、シーモアを知ってきた今までを辿れば私は多少なりともシーモアに近づけた気がするのに。
それなのに、こんなにもシーモアは遠い。
何かが確実に動いてる。私の知らないところで、私には関係のないこと。でも、きっとシーモアには関わりのあることだ。私にはきっと、どうしようもできないこと。
胸を締め付けられた気分だった。
そこに潮風が吹きつけてきて私は思わず目をぎゅっと閉じる。
ふわり。後ろから大きな白い布が私を包み込んだ。包まれた後でそれがローブだと分かった。大きな腕が私をすべて覆い隠す。ローブは二人を覆い隠す。二人が誰かなど、誰にも分からない。
「やっと、見つけた」
「……離してよ、シーモア」
包み込まれた瞬間にシーモアだとわかってしまった私は重症なんだろうか。切なかった。さっきとは違う感覚で胸が締め付けられる。
壊れないようにと言わんばかりにそっと包み込む腕が、ほんの少しずつ強くなり私を包み込む。
「女性を泣かせるのは不本意なんですが」
「勝手に涙が出てくるだけだよ」
俯いたらぼとぼと地面に涙が落ちた。なんで泣いてるのかなんてわからない。涙は止まってくれない。
ずっと泣いてたらシーモアは私のそばにずっといてくれるんだろうか。そんなこと、あり得ないって知っていても思わず考えてしまった。
「あなたを泣かせるのが、不本意なんです」
「わざわざ、言い替えないでよ」
ひどい男だ。何にも教えてくれないくせに優しくその手を私に差し出してくる。私が拒めないと、そう思ってるんだろうか。それなら、ずるい。
私よりも大きくて少し低めの体温。慈しむように壊さないようにそっと差し伸べられた手。それをどうして拒めるのか。……拒めるわけ、なかった。
あともう少し。私がこの腕の中にいることを許してほしかった。誰に願うのかなんてわからない。時間に、かもしれない。シーモアに、かもしれない。何に願うかはわからない。
伝わってくるあたたかさに今ばかりは、と私は目を閉じた。
(ずるい人)