「どこに行っていた」
「……ごめん」

 アーロンさんからの話は衝撃的で、残酷だった。この世界は救いなんてないんじゃないかって、そんな気がしてくる。死の螺旋だと呟いたアーロンさんの言葉は妙に耳に残った。
 ふらふらと、なんとか帰ってきた宿屋の入口でグラムが仁王立ちして待っていた。それからこの言葉だ。だけど応えるだけの元気がない。

「どうした」
「私は子どもで、でも世の中の仕組みはなんとなくどこでもいっしょだって、こんなもんだって思ってた」

 世界が清廉潔白なわけない。善悪があり生死があり、私たちの中にはいつだって対がある。ただそれが綺麗に別れてるわけじゃない。いろんなことはごちゃまぜになってる。この世界は美しいところもあるけれどどうしようもなく醜いところだってある。どんな世界でもいっしょ。人間が綺麗なだけではいられないのも、一緒。
 だけど、こんなのってない。罪に対する罰を償えば少しの救済があってもいいじゃないか。巡るその仕組みは何の解決も生まない。ずっと続くだけ。変わらない。

「いきなりなんだ」
「この世界は、……エボンかな。エボンは、ずるい」

 アーロンさんの言ったあの真実に対する解決策があるかなんてわからない。でも究極召喚はみんなの希望で召喚士の命を賭けてでも得たい希望だ。それが、次のシンを生むなんて、ない。シンを倒すために旅立つ人が次のシンになるなんて、残酷だ。
 エボンを統べる人たちはそれを知ってるんだと。忌々しげに吐き捨てたアーロンさんの言葉がのしかかる。だってそれは、一つの事実を表している。

「外で何を聞いたのか知らないがいったん部屋に入れ」
「……うん」

 私にはどうしようもできない。たまたまここに沸いて出たような小娘だ。世界なんて変えられない。
 数日間お世話になっている部屋。そこまで入って、いつもなら部屋には入ってこないグラムが一緒に入ってきたことに気がついた。それから、以前出会った人との会話も思い出した。

「グラム」
「ここでなら好きなだけ何でも話して良い」
「……どうして、エボンの教えに熱心じゃないの」

 船の上で聞いたことをもう一度聞いた。
 同じことだけど、私の心が違う。聞きたい答えがある。もしかしたらと、そう思っている自分がいる。

「教えにすがるのは楽だからだ」
「どうして、すがらないの。楽なのに」

 誰かの絶対的な教えにしたがえば楽だ。間違ってもその人のせいに出来る。私は悪くない。あの人が悪いんだ。そう、言える。
 この世界でエボンの教えに頼らないということは世界に挑戦状をたたきつけるようなものじゃないか。世界に疑問を持つことじゃないか。逃げちゃいけない。戦う意思の表れなんじゃないか。
 グラムは、何と戦っているんだろう。

「……反吐が出るからだ。いまの俺が望むのはシーモア様の未来だ。あの方の志を追う」
「シーモアは何をしようとしてるの」
「他人から見れば、愚かなことだ」

 それ以上は聞けなかった。聞いてはいけない気がして。私にその話をする資格すら与えられていない気がして。


 でも、愚かなことでも、シーモアが望むことを理解したいのは、わかり合いたいのは、それこそ愚かなんだろうか。
 わからない。わからないけど、でも、何があっても否定なんてしたくないと。何も知らないけれど強くそう思った。

(愚か者の夢)