気付けば花畑のど真ん中にいた。淡い光が辺りを舞う。まるで蛍みたいに。ふわりふわり。私は思わず その光を目で追い、少し上に人影を見つけた。
 突き出した場所に立っていた人は私を見つけて、驚いたらしかった。どうして、と小さな声が聞こえた 。顔は見えない。どうしてと言うのは私の台詞だ。目が覚めたら見知らぬ場所。なんなんだ。神隠しか何 かか。

「そこは、生者の居場所じゃありませんよ」
「天国か、何か?」
「死者の思いが留まる場所です」

 優しい声だ。上がって来ないと戻ってこれませんよとその人は手を差し伸べてきた。男の人だ。低くて 優しい声を持つ男の人。
 知らない、優しい人の手を私は掴んだ。





「ここは、どこ?」
「異界ですよ。初めて来ましたか?」
「…異界?異世界とか?天国じゃないんだよ、ね。地獄には見えないしなあ」

 私の知っている場所のどこにも当てはまらない幻想的な世界が眼下に広がっている。さっきまで座り込んでいた花畑は優しい人の手を取れるぐらい近くにあったはずなのにい今はもう遠い。飛び降りたら死んでしまいそうなぐらい遠くにある。
 今立っている場所は周りの世界とは違って何もない。土だけ。雑草だって生えていない。さみしい。視界に広がる世界こそきれいだけどこの地面には何もない。

「…異界を、知らない?」
「うん。知らない」

 そう言うと優しい人は驚いていた。でも私は彼の恰好だとか、普通とは違う容貌の方に驚いていた。外国人だとかそういった人とは違う。本当に違う。根本的な何か。それを私は知らないけど、本能みたいな何かが違うと告げていた。
 引越しの前の日、あの家にいる最後の日だった。私は荷造りも全部済ませてもう着ることはないセーラー服を着ていた。次の学校はブレザーで、そちらの制服をもう頼んで出来上がっているから。その制服を着て、ベランダから見える景色を目に焼き付けておこうとじっと見つめたあと、他の映像が邪魔しないようにとぎゅっと目を閉じて景色を覚えていようとした。
 そうして目を開けたら、ここだ。花畑に変わった優しい人に異界という場所。

「ほんとに、神隠し?」

 私も優しい人も、困ったように目を合わせた。

(神隠し)