「……迷子だった、ということか」
「いえ、連れとはぐれただけです。宿屋も分かってますよ? 何日かいますから」
そういえばアーロンさんとの出会いは今回と似たような場面だった気がする。私は迷子で、アーロンさんにぶつかった。
ただ今回は私は迷子ではないし再会したここはルカの街であり私は夢の中にいるわけじゃない。ここは現実で、ルカのカフェだ。
「あれから気になってはいた」
「私をですか?」
なんで私みたいなのを、と思ったものの最後に会ったのはザナルカンドだった。それもシンが現れたあの騒動の中だ。すっかり忘れていた。
「あれから、大丈夫だったんですか?」
「俺はな。あいつの方はとりあえず生きてはいるだろうな。ここで待ちぼうけだ」
あれから、ずいぶんと時間が経った気がする。それなのに生きているだろうなんていう楽観的な意見を言われるとは思わなかった。見た目はとっつきにくい人だけど案外大雑把なんだろうか。
大会前とあって通り沿いのこのカフェには人が多く入る。アーロンさんはコーヒーを口にして、私はお昼がまだだったから軽めに食事をとっている。
「私、ザナルカンドはずっと夢だか本当だか信じられませんでした。正直、夢と思ってた」
「……あそこは、夢だ。その点は間違ってはいないな」
「? でも、夢の人は現実に出てきたりしませんよ」
そう言うとアーロンさんはフッと笑った。そうだなとうなずいたもののそれは肯定じゃない。なんだろう。私の言葉を聞いて何か別のことを思い出したんだろう。思い出し笑いだ。何を思い出したのかは、わからない。
夢だというザナルカンド。今は廃墟だというザナルカンド。私が見たのは千年前の幻? けどそれにしてはあの世界はリアルだった。出会ったアーロンさんとティーダはここにいる。ティーダはまだ会えてないけどアーロンさんの口ぶりだと再会できるみたいだし。なんだろう、わけがわからない。
「ところで、聞きたいことがある」
「なんですか」
「声は、何の声だった」
あの日聞こえた声。ずっと、聞きたかった声。たぶんこっちに来ることになった声。
罪の具現化。人間への罰。
「シンだと、思います」
でも、ならどうして。シンは魔物みたいなものだと思っていたのに。気にしていなかったけど考え出したら止まらなかった。誰にも、聞けなかったこと。
「アーロンさん、シンって何なんですか」
「シンが?」
「だって、私が叫んだらあの、シンは、『誰だ』って、そう言ったんです。シンって魔物じゃないんですか。シンはもしかして」
「声が大きい」
私の必死な言葉をアーロンさんはテーブル越しから手を当てて止めた。止めたけどその瞳は真っ直ぐに私を射抜く。
この人は知ってる。シンが何なのか。あの声が誰なのか。きっと、知ってる。
「シンが何なのか、か」
「私はあの声を聞きたくて今ここにいるんです」
戻れない道かもしれない。アーロンさんから感じるプレッシャーはそれをひしひしと伝えてきたけれど退く気なんてなかった。女は度胸だ。負けてなるものか。
「良いんだな」
「はい」
雑音にあふれた店。通りでは昨日と変わらずたくさんの人が行き来している。
グラムは心配してくれてるだろうか。怒られるかもしれない。そんな思いが頭をよぎる。
「シンは、人間だ。……違うな、中の人間はシンの祈り子というべきか」
「……にんげん」
「究極召喚は先代のシンを倒し、その召喚獣が再びシンになる。延々と続く。終わらない世界。……それが、この世界に連綿と続く真実だ」
静かに響く声だけが胸を貫く。人間。人間? あの、あれが?
ああ、でも召喚獣は人が生贄のようになって成り立っているんだった。祈り子。あの声の人はシンの祈り子だと、そういうことなんだ。
召喚獣がシンを喰らいシンが召喚獣を喰らう。シンは滅びない。この世界の絶望は永遠に続く。召喚士は永遠に絶望への道を歩いていくって、そういうことだ。
そんな、そんな理不尽な世界。そんなひどい世界、私は、知らない。
(降り注ぐ現実)