「風が気持ち良いね」
旅の連れに笑いかけてみたけれど鼻で笑われた。もう、慣れた。初対面から笑われ続けるといい加減耐性だってつく。
帆に風を受けて前進する。この世界での初めての船は風と人力ならぬチョコボ力で進む船だった。船内の一室で黄色い鳥がパタパタ走っている様子はカルチャーショックだった。動物虐待だと愛護団体が叫びそうな光景だったけれどこの世界では一般的な動力源らしい。
シーモアとは昨日別れた。約束してくれていた通り午前中は寺院を案内してくれた。総本山ということもあって広かった。それはもう、目をまん丸にするぐらい。
参拝客も多くいたけれど奥に行くにつれてどんどん厳粛な空気で満ちていくところはどこの世界も変わらない。お寺とか神社とか、そういうところと似た独特の空気だ。
私の傍にはシーモアとグラムがいた。グラムはいつも影のようにつき従っていたのだけどどうでもよさそうに寺院の中を見ていたのを私は見てしまった。家政婦は見た、みたいな。
「グラム、グラムもエボンの教えには熱心に取り組んでないみたいだね」
「教えにすがって生きていくのは楽だからな」
「……難しい言い方」
グラムは私の言葉にも平然としていた。世界中がエボンを信じている中でその教えを第一に思わない人は図太い神経なのかもしれない。シーモアはああ見えてかなり図太いし。
ただグラムの言い方だと彼は教えにすがって生きていた人だったらしい。何がグラムをこうさせたのかはわからない。それが良いことかどうかも、わからない。
「……お前は、異界の外から来たらしいな」
「らしいね。さっぱりわかんないけど」
異界の向こう側。それが私のいたところ。帰れるのかな。帰りたいのかな。
ここは居心地が良くて、目を離しがたくて、帰りがたい。
「シーモア様は、お前を帰す術を持たない」
「うん」
「誰も、異界の向こうなど進めはしない。進めるならばそれは……死者か、祈り子か」
じゃあ私は死ぬか祈り子にならなきゃいけないんだろうか。でもそれってどっちにしろ死んだと同じだ。祈り子は身を捧げて魂だけの存在になるみたいだし。
じっと考え込む私を見てグラムはやめておけ、と一言。考えを読まれたらしい。仏頂面のまま彼はやめておけともう一度そう口にした。
「どうして」
「あの方はそんなこと望んでいない。もっとも望まない形だ」
「じゃあ、私は帰れないってことか」
「どうだろうな」
風が、気持ちよかった。甲板から受ける風も陽光も、全部全部、気持ちよかったのに。
なのに、グラムの一言にどうしようもない不安を覚えた。
「ねえ、それって」
「あー! お母さんルカが見えたよ!」
声は、遮られたまま。
答えは、得られないまま。
このとき少しでもこの答えを聞いていたらと、後から私は死ぬほど後悔することになるなんて、知らなかったんだ。
(君の生き方)