ベベルのお屋敷はグアドサラムのお屋敷と同じぐらい大きかった。代々グアドの族長はベベルにいるときはこの屋敷で過ごし寺院に働きに行くらしい。
 夕飯の席はグアドサラムにいたときと変わらない。私とシーモアと給仕の人。

「シーモアは明日から寺院で仕事でしょう?」
「ええ。あなたの船は午後に手配していますから、行きは寺院まで一緒に行きましょうか。ベベルに来て寺院に行かないのも罰当たりですからね」
「まあ、そうなんだろうね」

 挨拶とか生活のあちこちでエボンの教えが取り入れられているこの世界にも大分慣れた。やらなければならないことはただ習慣として飲み込んだ。だから私はエボンの教えに背いたりはしていない。けど、この教えに疑問を持つこともあるし支持している人が不思議になることもある。
 そもそも教えてくれたシーモアがエボンのトップにあるというのに熱心な信者ではない。一応これだけやれば十分でしょうからと最低限のことを教えてくれたけどエボンの詳しい経典の話は一切してこない。歴史上必要な部分は丁寧に解説してくれるけどそれだけだった。


 食後のお茶も飲みソファでまったりする。給仕の人は去ってしまって部屋には私とシーモアだけだ。リラックスしきっている私に比べてシーモアは行儀良く座っている。
 明日の日程のことを話されながらもふとした瞬間にシーモアの人差し指に目が行く。深い青。シーモアに良く似合う。思わず視線と落とせば自分の胸元にも同じ青がある。同じ、深い青色。

「どうかしましたか」
「なんでもない、よ。そうだ、シーモアちょっと外に出よう」

 恥ずかしいのもあって頭に浮かんだ今日の会話を振り返れば良いことを思いついたのでそう口にした。
 シーモアは夜になって外に出ることが良くないと思ったらしい。少し顔を顰めた。

「今からですか?」
「そう。さっき立ち寄ったお店の人から夜景が綺麗な場所があるって教えてもらったんだ。寺院の近くにある広場みたいなところで、ときどき要人の結婚式とかやるらしいよ」
「……ああ、そこなら知っています」

 そのとき微かにシーモアの表情がくもったんだけどその意味はわからない。一瞬あとにはいつものシーモアがいた。わからないまま。その意味を私が知るのはもう少しあとのことだけど、このときはすぐに忘れてしまった。

 たいした距離もないから散歩するぐらい良いでしょうとお許しを得て、やっぱり護衛もつけず外に出た。シーモアは人をつけることは嫌いらしく必要なとき以外は人を寄せ付けない。
 その中でシーモアの内側にいられることが誇らしいことは、内緒だ。






「……きれい」
「グアドサラムは夜空は木々が遮ってしまいますからね」

 こっちに星座という概念があるかわからない。天の川もないのかもしれない。違う星ではなく違う世界なのかもしれない。でも、美しいという概念はどこにだってある。この星空は、美しかった。
 星ばかりで星座なんてつくれないぐらいにちりばめられた星が広がる。見上げれば遮るものなんてなにもない。私の視界一杯に夜空と星が広がる。

 教えてもらった広場は誰もいない。しんとしていて少し怖いぐらいだったけれど星空には勝てない。煌めく星たちは私の心をそっと照らしていく。一歩踏み出す勇気をくれる。

「シーモア」
「なんですか」

 名前を呼んだら返事をしてくれる。当然だとは思っていないけれど呼べば答えてくれるのだと期待してる。シーモアは私の絶対唯一の味方だから。何も知らない私を助けてくれたやさしい人だから。
 ずっと、そばにいた。私がここにきてから、ずっと。だから、知ってる。わかってはいないけれど私は知っていた。

「あなたがしたいことで私が手伝えることはある?」

 何がしたいのかなんて知らない。私は超能力者ではないからシーモアの心なんて読めない。何を望んでいるのかも何を思っているのかもこれっぽっちもわからない。わからないけど想像はできる。シーモアを見て感じることは出来る。何かを望んでいた何かを強く思っていることぐらいは、わかった。
 私は、望んで欲しかったのかもしれない。ちっぽけでなんの力もない私だけど、それでも何かが出来たらと。手を差し伸べてくれたシーモアの為なら何だって出来る気がした。

「……今のままで、十分ですよ」

 そう言ってシーモアは私の手を握って帰り出した。やんわり。
 いつの日かシーモアが眠るまで手を握っていた夜を思い出した。あの時も今も、振り払おうと思えば振り払えるぐらいにその手はやさしすぎた。


 この手を離しちゃいけない。
 なんでだかわからない。でも、離しちゃいけない気がした。

(証をください)