ベベルというものは多分私の感覚でいけば首都だ。以前屋敷にいた頃に世界地図を見せてもらったのだけどこの世界は大きな大陸が南北に大きく広がっていて、その周囲に小さな島々が点々としているのだ。その中でこの世界の中心であるエボンの教えを説いている総本山がベベルらしい。
あの幻想的な森を抜けて大きな門をくぐった先は大きな、人々の活気に満ち溢れた街だった。
「……大きい」
「このスピラで最も大きい街です。南のルカもここと同じぐらい大きく活気のある街ですよ」
「私がグラムと先に行く街だよね?」
隣のシーモアに聞けばそうだと頷かれた。右隣にシーモアがいるのがなんだか最近の当たり前になってる。右隣を見上げれば綺麗なシーモアの顔が視界に入る。
私からすればシーモアがグアドの族長で、最近ベベルの老師と呼ばれる偉い人になったのだとは思えない。とても大人だけどきっと内側に何もかも秘めたままにしてきたひとりぼっちの人だ。微笑をくれるけれど本音はくれない。
「今日はもう仕事をするには遅い時間ですからベベルの案内でもしましょうか」
「案内してもらおうかな」
シーモアは護衛はいらないと全員先にベベルに構えている別邸に帰してしまった。少し心配そうに、けれど生真面目に命令を守って帰っていく人たちの中でグラムだけが一瞬にやりと私の方を見て笑った後帰って行った。あの人はグアドの人にしてはとてもくだけた人だ。
「では、お手をどうぞ」
「……だから、セクハラ」
そう言いながらも手を取ってみせればシーモアは優しく手を握ってくれた。
目の前には活気溢れるベベルの街。くすくす笑いのシーモアを案内役にして二人して足を進めた。
ベベルの街は千年前からこの地に居を築いている歴史のある街らしい。何度かシンによる襲撃を受け、その度に街を建て直していったからか街の作り方自体は統一されているけれど大通りから一歩奥に入れば細い路地が入り組んでいる。
スピラで一番の街はベベルかルカのどちらかだ。ベベルはこのスピラを導いていくいわゆる政治的な意味合いの強い街で、エボンの教えを説く人々のトップである総老師はここにいる。老師はこのベベルをまとめる人もいるしヒト以外の部族の代表もいる。シーモアがそれだ。
「老師さまが普通に街を歩いても良いの?」
「ベベルは比較的平和な街ですし、何よりエボンのお膝元です」
「安全ってことか」
「まあ、一応は」
一応という言葉に引っかかったけど深く聞いてはいけないんだろう。適当に頷いて立ち並ぶ店の一つに足を進めた。
目に付いた。それから、目が離せなかった。それは美しくそこにある、綺麗な青い宝石のついた指輪だ。隣には同じデザインのネックレスやブレスレットもある。
吸い寄せられるようにふらふらと立ち寄れば店のおじさんが笑顔でいらっしゃいと声をかけてきた。
「お客さん、これをお気に召しましたか?お目が高い!」
「とても綺麗な青ですね」
「そうでしょう?深みのある青で、これは北のナギ平原の近くでしか採れない珍しいものなんですよ。そちらの恋人の方に買っていただいたらいかがでしょう?」
へえ、と頷きかけたところでギョッとしておじさんを見て、それから右隣に来ていたシーモアを見た。視線に気付いたのかにこりと微笑まれた。違う違う違う。
「私たち別に」
「やはり、指輪が良いでしょうね」
「お、そこはやはりそうでしょうね……って、老師?」
おじさんはシーモアに気付いたらしく驚いて声をあげたけれどシーモアは人差し指を口にあてて内緒のポーズだ。……内緒にしなくてもバレバレだと思う。シーモアはとても目立つから。
ただ私とシーモアが恋人同士だという誤解をされたままおじさんとシーモアの間で話が進んでいく。やれ指輪が良いだのおそろいが良いだの。
「あの、私そんなに欲しいわけじゃ」
「とてもうっとりした顔でみていたようですが?」
「……それはその、綺麗だったから」
欲しいかといわれたら欲しい。でもわざわざ買ってもらいたいかといえばそうじゃない。もらってばかりの私がさらにもらいものをして、それは申し訳ない。
それにその、今まで貰ってきたものといま貰いそうになっているものでは随分と意味が違う。シーモアはわかっててやってるんだろうか。
「せっかくだから、貰ってくれますか?」
私の意志なんて全て無視してシーモアは結局私が最初に目を向けた指輪をくれた。チェーンに通された指輪。シーモアは結局おそろいが良いだろうと商魂たくましいおじさんにはいはいと頷いて自分は指輪を左手人差し指にはめていた。薬指じゃなくて、良かった。こっちにそういう習慣があるかはさっぱりわからないけど私の心理としてはそれでホッとした。
「……もう、買ってしまったんだし。せっかくだから、大切にするよ」
陽の光を浴びた綺麗な指輪の深い青に君を連想したのなんて、内緒だ。
(証をください)