小さな声で歌うのも良い。大きな声で歌うのも良い。
太陽のように明るく照らしてくれるのは確かだから。
「昨日はみんなで広間で雑魚寝しちゃったけど今日からきみの部屋はここ。一応、エンマと同じように階を移してるから。ここはわたし以外の男は立入禁止区域だから安心しなさい」
「…どーも」
亜麻色のウェーブがかかった髪をゆるく一つに束ねた彼が、噂のエリーだった。ゆるい結びだからかきちんとした髪型にはなっていないがエリーの容貌の前では関係ない。どこからどう見ても男性なのだが女性的だった。いや、中性的と言うべきなのだろうか。拾い肩幅も引き締まった筋肉も、全て男のものなのに顔立ちと目と声は、中性的だった。
女も負けるほど整った顔立ちはエドガーという美男を目の前にしたも息を呑んだ。彼とは違う不思議な力が彼にはあったのだ。
「わたしはここにいる人たちに手を出すなんて無粋なことはしないから」
「…既婚者とか?」
最初の自己紹介のときエリーはに敬語は止めるようにと言った。他のメンバーのほとんどもそうだが、堅苦しいのは嫌いなのだ、と笑ってくれたのだ。そのときも、つられて笑った。
「いいや。けど、わたしには愛しい人がいるから」
だから、その想いを持っている限りは誰にも振り向くことはない、とエリーは笑った。優しく微笑む彼は男性であり、女性であった。いや、男性に見えた。美しく、真っ直ぐな女性のような男性なのだ。
もそれを見て微笑んだ。
「エリー、私たちの普段の仕事ってなに?」
「稽古を欠かさず一般兵に指南をする、王の遠出に付き合う、話し相手になる、諸々。陛下と一日中いるのは当番の兵とだいたいはグレン。あれでも隊長だから」
「グレン隊長、本当に隊長なんだね」
いまさらながら、他の人間から聞いてはしみじみと思った。そしてそのことがとても嬉しかった。グレンの夢はずっとエドガーの傍で働くことだったから。
「そう。陛下が即位してから三、四年経ってからかな。親衛隊を作ると言い出してね。陛下のリクエストでグレンが隊長になったんだよ」
「…エリーは、グレン隊長とは同期か何か?」
「ん?昔はよく喧嘩した仲だよ。わたしも昔は青かったから」
としてはエリーの若かった頃というのがどうにも想像できないのだが、今度機会があればグレン隊長に聞いてみようと決めた。
エリーは何分もドアの前に立ってないでそろそろ部屋に入ってみようか、とを促した。はそれもそうだと笑いながらドアを開けた。
「…お、結構広い?」
ベッドに洋服を入れるタンスに小さな本棚。ベッドの脇にはテーブルと椅子が二脚。それがあってもまだ部屋には余裕がある。一兵士としては十分すぎる部屋だった。
この待遇は親衛隊ならではのもので、普通の新兵ならば大部屋に押し込まれる。まあ、一般兵と混じったとしてもを大部屋に押し込めるのはエドガーが許さないのは間違いないが。
「まあ私物もそんなに多くないだろうから十分だろう?」
「うん。十分過ぎる。こんなに広いと思わなかった」
は母国で新兵の扱いはだいたい知っている。それぐらいのことは覚悟していたのだが拍子抜けだった。
エリーは午後からは修練場で顔合わせと軽く打ち合いをするからね、と部屋を出ていった。
はそれを見送ってベッドに勢いよく飛び込んだ。堅すぎず柔らかすぎず、ちょうど良い堅さのベッドだった。
「午後からは昨日いなかった副隊長にも会える。っあー、楽しみ!」
バタバタとベッドの上で体を動かし喜びを露わにする。
しばらくそうして喜んでいたのだがそれがおさまると荷物を袋から出して片づけ始めた。服の量はそれほど多くないのだが支給されたり自分で買えばまたそれなりに増えるだろう。
しばらく先のことまで考えてはにやにや笑った。これはもう手紙を書くしかない、と。こういう時の手紙の相手は兄のミディアかサラシャである。
ただ、今回サラシャには話せない。兄にも兵士として滞在するとは教えていない。先日サラシャがやって来たときに兄宛に書いた手紙にもそのことには触れていない。
ならば誰に話せば良いか。今近くにいて返事が出来る人が良いと考えたは、やっぱりグレン隊長しかない!と思い立つなりさっさと部屋を飛び出した。
「グレン隊長!」
「あ、」
食堂で大盛りの料理を口にしていたグレンは明るい声を耳にして目を向けた。
そこには相変わらず絶えることのない笑顔を浮かべたがいた。王女としていようが兵士としていようがはなのだと思った瞬間でもあった。
「どうだ、親衛隊一日目は」
「まだ何もしてないよ。でもね、嬉しくて仕方がないの!もうこう、なんていうのかな。全身の血がそわそわしてる。そのうち血管突き破って踊りだしそうな感じかな」
グレンは一人で昼食を取っていたためは楽しそうに笑って隣に座った。
そんなは食堂の中でもかなり目立っていたのだが本人は気付きもしない。
普段からエスツァン中からの注目を浴びるにとっては食堂中の視線など日常茶飯事なのだ。
「突き破ったら死ぬだろう」
「うん。たとえ話だよ、グレン隊長。…あー、私のこの喜びを理解してくれる人がいない!」
「そりゃ仕方ないだろう。ほら、昼食べてないんだろう?さっさと取ってこい」
兄が妹にするように優しく指し示すグレン。初対面の頃の堅さはどこにいったのやら、とは嬉しく思いながら昼食を取りに行った。
昼は至って平穏に過ぎた。
は兵士になれたことの嬉しさを数少ない理解者のグレンにぶつけた。グレンはその反応を見ているのが楽しかったからか、昼の間中ずっと相手をしてやった。
そして、二人は修練場へと向かった。