その瞳に、空のような青、海のような青がある。











「エドガー!!」


 はグレンを引き連れてエドガーの執務室へ乗り込んだ。
 今度はグレンが何をやったのか、とエドガーはグレンを見た瞬間それなりの報いを受けてもらおうと決意した。
 今日は淡い水色のワンピースを着ているはあきらかに怒っていた。そんな彼女にエドガーは表情を崩すことなく笑顔で席をすすめた。グレンにはすすめるはずもない。グレンはエドガーの静かな怒りに気付き気まずそうな顔をした。


「どうしたんだ?」
「どうしたもこうしたも!ここには私の国と同じように女性兵士を採用してるんじゃない!」


 エスツァンではサラシャのような有能な女戦士は多く存在する。国に女性の戦士を認める制度が確立されているからだ。よっぽどの腕でないと彼女たちは防衛が仕事になるのだが、それでも兵士は兵士だ。 外交官として護衛いらずだし、密書を運ぶのにも動きやすい位置にいる。
 エスツァンでは海軍としても一軍ほど女性だけの部隊をもうけている。そこは遠距離の砲弾を撃たせればエスツァン一の腕前である。接近戦でも道具を巧に使い並の相手は敵わない。

 エドガーはその体制を見て、フィガロでも試験的に女性部隊を設置することにしたのだ。しかしまだまだ人数は少なくほとんど合同での修練しかしていないのだ。それに彼女たちは前線で戦うことよりも守りを優先する戦いをさせるつもりだった。

 それとはまた別の部隊では完全な実力主義を取っている部隊がある。そこにはフィガロでも有名な強者揃いである。もちろん、そこには女性もいる。
 グレンを隊長としている、親衛隊のことだった。


「…ああ。確かに、採用しているよ」
「私はそこに行く!そもそもあそこで粘らなかったのが間違いだった!なんで女剣士がいないだなんて勘違いしたんだろう!女の人がいるなら私は剣士でいるからね」


 エドガーは言うと思った、と言いたそうにため息をついた。それからグレンを見る。どういうことか、説明して貰おうという顔だった。グレンはあー、とかえーとか無意味な言葉を口から吐き出し、ようやく意味ある言葉を吐いた。


「メイドするって、言うもんだからさ、「オアシス」か親衛隊には入らないのかって聞いちゃった。ほら、どっちも女がいるだろ、って感じで、さ」


 いくら語尾を可愛らしくしたところで事実は変わらない。グレンは「オアシス」のことを話したのだから。
 エドガーは盛大なため息をついた。今月は減給は確実だ、とグレンもため息をつく。


「私のところにもあるんだから!メイドより兵士の暮らしが良い!」
「エドガー、姫サンもこう言ってることだし…」
「グレン、お前はそういうことを言える立場か?」


 言えません、とグレンは両手を挙げてギブアップのポーズ。
 は一人になっても果敢に戦うつもりだ。エドガーはこの頑固さを知っているが頷かない。 はエスツァンの大切な姫なのだ。エドガーも譲れない。


「エドガーがそんなこと言うなら私は勝手に兵士として志願する!それもだめなら出ていく!」
「…脅しときたか」
「そうですとも!提案者としてはまだ自分の手の届く範囲にいた方が良いんじゃない?」


 は少し汚い手と思いつつもにんまり笑ってみせた。メイドの仕事はこなせると言ってもメイドにはなりたくないのだ。いや、メイドになりたくないというのは語弊があるだろう。メイドでも十分楽しめるだろうが兵士の方が倍以上楽しめるのだ。せっかくメイド服を選んでくれたメイド長には申し訳ないが。
 エドガーはの言葉にしばらく言葉を返さない。


「……大人しく、してくれるか?」
「するよ。兵士として以外は」


 つまり大人しくする気はないのだ。それでもエドガーには拒否する道はないに等しい。なにせが飛び出してしまえば意味がないのだから。
 エドガーはもう一度、今度は違う問い方をする。


、無茶をしないか?」
「うん。しない。それぐらいはわかってるから」


 きっと無茶をする気満々なのだろう。エドガーは迷う。
 が強いということはマクリールからも聞いている。手合わせをするサラシャからも一度その話を聞いたが姫であり女であるのがもったいない腕前だと聞いた。それを考えれば兵士としてやっていくには問題ないのだろう。
 ただ、どうしても、エドガーは承服しかねた。理由は、はっきりとは言えなかったが、承服しかねたのだ。


「………困ったことがあったらグレンを頼るように。グレンの親戚ということにしておくから」
「本当に!?良いの!?」
「…………出て行かれるよりは、ね」


 長い長い間こそあったがエドガーはとうとう頷いた。
 が体を動かしたいという気持ちもエドガーにはわかるのだ。彼もまた戦う者なのだから。
 ただ彼は機械を使い、それを最大限利用した戦いが得意なのだ。は単純に剣を使う。ただ、エドガーはの一番得意な戦闘法を知っている。しかし知っているだけで見たことはない。今度、見せて貰おう、と心の中で勝手に決めた。
 いざ兵士として働くことを認めたら急にそう思えたのだ。自分も現金だな、とエドガーは苦笑を禁じを得ない。


「よーし!メイド長には悪いけどメイド服返してくるから!まだ変更はきくよね?」


 そう言いながらもはさっさと執務室を出ていった。グレンは救いを求める目でを見たが無駄だった。  はグレンに気付くことはなく、無情にも扉がバタン、と音を立てて閉まった。
 中にはエドガーとグレンの二人きりとなったのだ。


「…あー、エド?」


 滅多に呼ばない呼び方でグレンはエドガーを見る。エドガーはにこにこ笑ってグレンを見る。それが真顔でない分グレンには恐ろしくて仕方がない。が戻ってこないかと切に願った。
 けれどその願いは叶うはずもなく、彼は一人エドガーと対峙することになる。


「減給だ。それと雑務を手伝って貰おうか。ああ、それにの面倒もきっちり見てもらおう。明後日までにリディにきちんと連絡を取っておけよ。事情もきちんと話しておくように。まあお前の親類だと言っておけば他の奴等と対等に扱うだろうから。 あいつならの腕前をきちんと測れるだろう。女戦士の手合わせはあいつの仕事でもあるからな。 「オアシス」の隊長に入隊審査に忙しいだろうがどうにかするように言っておいてくれ。 あと、メイド長の方は俺が言っておくけれど、の所属が決まった後は全てお前に処理を任せる。そうそう、あとで提示する日にちまでに所属後以外のことを全てやっておくように。 の入隊審査の予定日もそれと一緒に伝えるからな」
「……鬼」
「何か言ったか?」
「何でもありません、陛下」


 グレンはわざと仰々しい敬礼をして退室した。エドガーはそれを見送ってからやりすぎたかな、と反省する。
 けれど先ほどの言葉を撤回するつもりはないのだ。グレンは泣く泣く従うしかない。意図的ではなくてもが兵士として働く糸口を提供したのだから。


「少し、過保護すぎるかな」


 がフィガロに来てから、自分はのやることすべてに口を出している気がするのだ。けれどそうでもしなければは平気で無茶をする。
 実はエドガーの心配は杞憂なのだが本人は知らない。さすがにマクリールも娘を城の裏にある山に放り出すという日常を暴露したことはなかったのだ。彼女の日常は一般的に見れば無茶の詰め込みで成り立っている部分が多すぎた。


「親父殿はよくもまあ、平穏に暮らせるな」


 自分が彼女の父親か保護者ならば心穏やかではない。いつどこで何をしでかすのかわからない。エドガーはそう思うのだがマクリールはそこまで細かく考えない。
 もちろん命の危険となれば別だが山に放り出すのもそこまで危険じゃないからだ。若いうちには無茶をする、それがマクリールの持論の一つだ。そしてそれをそのまま子どもに実践させている。そういう男なのだ。



 エドガーの提示した日にちよりも一日遅れて、の入隊審査日が決定した。