私の誇り。














 多くはないが少なくない手紙を持ってサラシャは帰城した。
 国唯一の城は華美な部分などない要塞だった。真っ白な壁が何か威厳があるよう眩しく見え、要塞のような城の中心に掲げられた国旗が要塞地味た建物を城だと主張していた。
 サラシャは港から城までわざわざ街を通らずに迂回する。
 今回サラシャがを迎えに行ったことは極秘だったためだ。なぜかというとは城の裏にある山で修行をしていることになっていたからである。
 サラシャはそっと城の兵舎に入り手早く着替えをする。サラシャが城を抜けることは多いが今回はいつもと同じで山にを迎えに行ったということになっている。
 もしを連れだって帰ってきたならば真正面からで良いが連れだっていないのでこうしてコソコソ帰っているのだった。
 無事に城内に入ったサラシャはみだしなみを整えて城内に進む。何人かの執事やメイドと顔を合わせてようやく王の執務室へとたどり着く。
 なんとこの国の王は不用心なことに身近に護衛を置いていないのだ。兵士としては心臓に悪い王さまであった。

 サラシャは軽くノックをする。すぐに誰何の声がする。名を告げれば入室の許可が出た。そして入室直後にこの言葉ときた。


「よぉ、サラシャ。馬鹿は連れ帰ったか?まあその調子だと無駄だったぽいけどな」
「陛下・・・そんな身も蓋もない言い方はおやめ下さい」
「事実だろ?」


 サラシャは反論する言葉を持たなかった。を連れ帰ることができなかったのは事実だからだ。
 それを楽しそうにゲラゲラ笑う男が娘を溺愛しているようには見えない。けれど彼は彼なりの愛し方をしているし、もそれがわかっている。もちろんサラシャも理解している。この男との付き合いは自分の人生の半分以上あるのだから。姫の護衛役もしている分王との関わりも深いのだ。

 サラシャはさりげなく彼の机を見たがまだ書類が残っていた。まあそんなに多くはないのですぐに終わるだろうが。それでもサラシャは念のために王に尋ねた。


「公務に一区切りついたらまた来ましょうか?」
「いや、いい。どうせこれが終わったら兵の様子を見に行こうかと思ってたからな」


 サラシャは王がその仕事を処理するまで待った。
 焦げ茶色の髪に漆黒の瞳、日に焼けた肌は健康的だった。二十二歳と十九歳の子どもを持つ父にしては若い、四十四歳の王だった。見た目は三十代の後半といっても差し支えがない。そう言う若々しさを男は持っていた。この年で、彼は一国を支え、希代の名君と呼ばれているのだ。
 彼、マクリール・ゾリア・エスツァンは。

 執務に一区切りつけたマクリールは深く椅子に腰掛け腕を組む。これが彼の常の姿勢であり、こうなったときにサラシャは口を開くべきなのだとわかっている。

「さあて、うちの馬鹿娘は何だって?」
「その辺は姫御自身のお言葉が一番かと思います。きちんと手紙を書くように、とお願いしました」


 サラシャはそう言いながら彼宛の手紙を差し出した。マクリールは迷ったようにそれを見て、結局読むのは後回しにした。サラシャから見れば手紙を受け取った時点で彼の機嫌が上昇したぐらいわかったのだが彼がそれをよしとしなかったのだ。サラシャはいまさらだ、と笑みを零しそうになるがそれは王であるマクリールの手前我慢をする。


「まあ他に聞きたくなったら呼ぶからな」
「はい。あと、フィガロ王ともお話をさせていただきました」


 サラシャはそう言ってエドガーとの謁見の内容を話し始めた。
 彼は真摯にの将来を案じており、国外であるフィガロで「」である時間を提供したいこと。彼女が愛する者を見つけたならば婚約破棄をする気であること。そこは体裁こそあるものの国同士の友好を崩したくはないこと。
 エドガーはそういう旨をサラシャに伝えていた。そしてサラシャはそれをそのままマクリールへと伝えたのだ。


「…あのガキも妙なところで真面目だな」
「フィガロ王は今年で二十四歳になられますが?」


 ガキというには大きすぎる年である。けれどマクリールは気にするな、と笑うだけだ。彼にとってエドガーはいつまでもガキなのだ。エドガーにとってはいつまでも親父殿なのだ。それは出会った頃から変わらない関係だった。きっとこれからも変わらないだろう。


「まったく、あの馬鹿はなんであいつの良さがわからねぇかな」
「…陛下、婚約の時さんざん悪態をついたのはどなたですか」


 あんな馬鹿な約束をするんじゃなかった、といろいろなことを言ったものだ。けれどそれはエドガーという人間を知ってから出なくなった言葉でもある。王子だった頃の彼としてではなく、王としての 彼の施政を見て、マクリールは素直に彼を認め、その評価を変えた。


「結局陛下はフィガロ王を認めていらっしゃるでしょう」
「ああ。若い頃の俺に似てるわ、アレ」


 彼はどの見合い相手もが見る前に断わった。彼の認めるものを持つものが少なかったのだ。
 その中でエドガーは唯一気に入られた婿候補だった。昔から知っている上、元から婚約者なのだ。文句はなかった。


「お二人なら政略結婚を受け入れますよ。賢い方々です。国益というものを理解されております」
「婚約者も昔からの仲で心配は少ないからな」


 マクリールとて娘に政略結婚などさせたくないがフィガロの先王との約束がある。それに国を維持していくためには仕方のない部分もあるのだ。本人の希望がなければこのまま政略結婚をしなければならない。
 マクリールとしてはさっさと相手を見付けて欲しかった。そうすれば彼女を嫁に出してしまえるのに。 十九歳はまだまだ若いが王族の、特に女性の結婚適齢期に入ってくるのだから。


「私が見てきた男性の中でもフィガロ王はすばらしい人物だと思いますけど」


 サラシャは近隣諸国へと出掛ける機会がまあまああるがエドガーのような王はそうそういない。エドガーと恋愛結婚できればこれほどうまい話はないのに、そう思うのも無理はなかった。
 マクリールとて気持ちは似たようなものだ。自分が認めた男と娘が結婚する。それこそ文句ないことだ。けれど、それはただの押しつけであり彼らの意志を反映していない。


「まあな。まったく、あの馬鹿娘はいつになったら気付くんだかな」


 サラシャはただただ苦笑いをするしかなかった。あの愛すべき姫はいつまでたっても自分のことには鈍いのだ。それは短所とも呼べたがサラシャにとっては可愛らしいと思える部分だった。


「それでは、陛下もお手紙を読みたいでしょうから、私は他の方に手紙を渡して参ります」
「おう。それ終わったらさっさと仕事に戻れよ」
「はい。それでは、失礼致します」


 サラシャはドアを閉める直前、早速手紙に手を着け始めたマクリールを見て苦笑した。
 その顔があまりに可愛いのだ。一国の王に使うべき表現ではないとは思いながらも、そう思ってしまう。
 見なかったことにしよう、とサラシャは残りの手紙を手渡すために城を歩き始めた。