きれいな金髪が、太陽の愛を受けてきらりと光るの。
「タラシなんだってね、エドガー」
公務を終えて遅めの昼食を二人で取っていればは笑いながら言った。情報の漏洩の原因がグレンだということはすぐにわかった。
エドガーはグレンの給料を下げようかと本気で考えたが嫌がらせの方が効果的だと思考を切り替える。
せっかくの息抜きの時間だというのに、とエドガーは思いながらも顔には出さない。
「グレン隊長は私が頼んだから話してくれたの。悪気はないの」
実際は嬉々として語っていたが名誉のために伏せてやる。
けれど長い付き合いのエドガーにはそれが嘘だということぐらいすぐにわかった。もちろん、顔には出さない。復讐の機会はいくらでもあるのだから。
「ああ。わかってるさ」
「そう。まあ、ほどほどに」
は笑いを噛み殺しながらそう返した。わかっているのだ。グレンのことも、エドガーのことも。
エドガーはがそう言うなら、とほんの少しだけ罪を軽くしてやる。軽くするというだけでなくさないのがなんとも言えない加減である。しかしエドガーはの次の言葉に少し言葉を詰まらせた。
「でも、女ならみんな口説くんだって?女の子からおばあちゃんまで」
「…そんなことはないさ。」
ただ、どんな女性にも優しく在ろうとしている、それだけだ。それがエドガーのモットーなのだ。
その姿は多くの女性を口説いているように取れるし、どんな女性にでも優しく在ろうとする姿にも取れる。
「まあ本命に逃げられないようにね」
「…、それはどういう意味かな?」
「エドガーには結婚相手の他に、愛する人を持つ権利があるじゃない」
王は愛妾を持つことを許されるのだ。彼が愛した人ならばは妻の役を譲る気だ。
は王妃であることが義務なのだ。夫を支える妻ではない。それは、夫婦の関係だ。
「…一生独身でいるつもりか?」
「好きな人が出来なければね」
そう笑うを見てエドガーは怒鳴りたくなった。それは一国王としてはやってはいけないことだ。
けれどこの二十歳にも満たない少女の未来はあまりにも限られていて。久々に会った彼女を見たら婚約破棄もしたくなる。けれどそれは彼女の王女としての意志に反する。そして根本的な解決にならない。そんなときふとエドガーにある考えが浮かんだ。本当にふと、考えもしなかったことだ。
「、は帰ったことにしようか」
「…は?」
間の抜けた声を出すと違ってエドガーは本気だ。それでいて少し楽しそうな顔をしている。
小さな変化だったがはそれを持ち前の勘で嗅ぎ付けてしまった。そしてそれはかなり無茶なものだった。
「お前はと同じ名の臣下ということにすれば良い。そこでお前の肩書きは関係なくなる。そこでならはただのとして誰かに恋することが出来る」
エドガーの提案には目を丸くした。なぜ、エドガーは自分の恋路を応援してくれるのだろうか。
自分に同情したのか、はたまた自分と結婚などしたくないからなのか。
はわからなかったがその誘いに乗った。
「多分、メイドとして働くことになると思う」
「兵士は?」
「だめだ」
エドガーもそこまで馬鹿ではない。
のように明るい少女が兵士の中に入れば注目を浴びるに決まっている。
荒くれの中に放り込むことなど却下だった。
「多少身分はつくが気にするな」
「うん」
城に仕えにくるメイドは様々で彼女たちにもある程度の差があるのだ。
エドガーはすぐにメイド長を呼んだ。
メイド長は二人のとんでもない提案に驚き、反対し、結局は折れた。
「信じられない方ですね、本当に」
「そう?私は楽しいんだけど」
ちょうど合うメイド服を探すメイド長と。城仕えのメイドとなれば服もきちんとしていた。
まるでお気に入りの服を探すような態度のに対してメイド長は渋面だった。
仮にも一国の王女であるを自らの部下として扱うことに抵抗があるのだ。それも、エドガーの婚約者となればなおさら。
「けれど様、本当にやるおつもりですか」
「、で良いんだって。メイド長。私は下っ端として入るんだから」
「言っておきますがあなたには親衛隊長のお世話を受け持って貰います」
「…はい?」
は目を丸くして聞き返した。メイド長は確かに、親衛隊長の世話、と言った。
確かにはその耳ではっきりと聞いた。あの、グレン隊長の世話だ。
「嫌、グレン隊長だったらついおしゃべりしちゃうから」
「なら陛下がよろしいですか?」
「…それじゃあ、せっかくの計らいの意味が…どうせなら食堂の給仕とかが良いな」
そこならばまだ思い切り働けそうだとは主張した。
確かにメイドの中には食堂を取り仕切る仕事を持つ者もいる。けれど将来的に王妃となる人物がそんな仕事をしていたことがバレたなら大事なのだ。
メイド長は服を探しながらをなんとか説得させようと必死だった。
「親衛隊長のお側に着けば修練にお邪魔する機会もあるかもしれません。それに隊長ならば事情をお話出来ます。もしかしたら身分を偽って修練に参加できるかも知れません。」
「…メイド長、本当に?」
はメイド長に期待の目を込めて尋ねた。彼女は何よりも武術が好きなのだ。メイド長は以前そのことを耳にしたことがあったのでそれを餌にしたら簡単に釣れた。
その後のことは全てグレンに任せ、メイド長はにメイド服を手渡した。
「それを着た瞬間からわたくしは様を一メイドとして扱わねばなりません。仕事ではわたくしも退けぬ部分があります。失礼なこともあると思いますがお許し下さい」
神妙な面持ちで頭を下げたメイド長。はそんなに堅苦しくしなくても大丈夫だと笑った。
メイド長は知らないのだ。の故国での生活を。
花嫁修業だと父親から強制的に料理を覚えさせられ、毎夜家族と親しい兵士たちに夕飯を作った。自らの部屋は自分で掃除することも必要だ、と無駄に広く作られた部屋を一人で掃除もした。その部屋を普段は三人で掃除をすると知ったのは大分後だった。時には師匠に野宿をしてこいと城の裏手にある山に放り出された。肉が食べたいから山から肉を狩って来いと父親に放り出されたこともある。
兄はもっと過酷な修行を受けていた。けれどはこれに加えて教養を付けろと口うるさく言われていた。彼女のお世話係はマナーの鬼で、兄は男に生まれて良かったとよく言っていたぐらいだ。
そういう環境にあったにとってメイドの仕事は可愛らしいものだった。
マナーの鬼はメイドが一日でやる仕事の倍をにやらせたこともあった。彼女はが帝国の大貴族に仕えるに支障無いメイドの能力を身につけさせた。
実際の国は海軍こそ強力だが国の勢力としては弱小と捉えて支障ない。そういう国の王女が大国の王と同じぐらいの地位を持つ帝国貴族へ仕えることは有り得ない話ではなかったのだ。
「さて、頑張ってみようかな。」
は楽しそうにメイド服を手にしながら呟いた。