その手は壊すためじゃなく護るためにあるんだろう。誰かを愛するためにあるんだろう。
朱髪の魔女と聞けば砂漠で商売をする人間が尊敬や憧れのまなざしを向けるか恐怖や畏敬の目をする存在だった。
魔女は悪どい商人から商品を盗んでは持ち主に返したり正当な値で売りさばいたり、果ては町中にばらまいたこともある。彼女は盗賊だった。そして義賊だった。
「腕は良いし正義感はある。そんな魔女を捕まえられる奴はいなかった。」
「逃げられたの?」
グレンはにんまり笑う。この話は裏では結構有名な話でグレンの回りで知らない人はいなかった。だからこうして何も知らないに話すことが出来るのは楽しくて仕方がないのだ。
護衛をしながら私語の耐えないグレンに対してエドガーは注意をせず雑務に励んでいる。楽しそうにするの声が耳に入る度にピクリとペンを動かす指が止まっているのだが彼は自覚がない。そんな無自覚の彼を盗み見て笑うグレンはかなり笑いをこらえるのに必死だった。
「国に捕まえられることなく、魔女は元気にやってるよ。」
「……まさか、」
「朱髪の魔女はエンマだ。」
それは驚きであり同時に納得の一言だった。確かにエンマは朱髪だが盗賊というイメージからほど遠かった。しかしそれが義賊というのならば納得出来そうなのだ。彼女ならやりかねない。そういう気にさせる。けれど意外ではあるのだ。彼女ならば義賊にならずとも正々堂々と何もかもをやってのけそうなイメージである。
そのエンマは日々の仕事を懐かしいなあと笑いながらもきっちりとこなしている。たしかに隊員たちも初日はげんなりしていたが日が経つにつれエンマという存在が日常化されていくにつれ慣れていった。今ではそのマシンガントークも日常会話のひとつである。
「いやー、そこまで驚いてくれるとはなしがいがある!」
「じゃあそのあたりにして仕事に戻ってもらおうか。お前たちの仕事はここの警備なんだからな」
「それはもちろん陛下、俺は私語こそ口にしましたが仕事はばっちり!」
「…グレン隊長説得力ない」
私語をしていたということはつまり職務怠慢だ。逃れようのない事実である。それを認めてなおかつ仕事は万全だと抜かす親衛隊長がどこにいるだろうか。ここ以外にはどこにもいないはずだ。
エドガーは大きなため息を落としさらにとどめのように首を横に振りそしてを見た。とめなかったもだという顔である。それを言うなら話を始めた時点で止めなかったエドガーもエドガーなのだがそこには誰も気づかない。
「以後、気をつけます」
「よろしい」
ああでも、とエドガーは何か思いついたらしく爽やか過ぎる笑みを浮かべてにある種の死刑宣告をしてみせた。
「エンマはなかなか興味深い人間だからな。、時間があるときに話してみれば良い」
「…それは、命令ですか?それとも提案ですか?」
「提案ととって構わないよ」
しかしグレンはこれに対して首を横に振っている。彼にとっては地獄の拷問に等しい提案らしい。しかしからすればああいった自立心のある強い女性というものはなれたものだった。エドガーに言われずとも機会があれば話しかけるつもりだった。
が提案に従おうかなと微笑むとグレンは必死でやめておけとまるで自ら死刑台に向かう人の扱いをするのでは思わずグレンの足を踏んでいた。
「って!、お前これは忠告だっていうのに!」
「だってエンマさんすごい勢いのある人には見えたけどグレン隊長が言うほどには見えないんだもん」
「それはな、エンマがグレンを尊敬して止まないからだ」
「尊敬…?」
エドガー、とグレンは思わず彼を呼び捨てにしていた。それは言うなよと苦笑しながらも彼の行動は素早く、執務机に座っていたエドガーの元にすっと移動しその手を両手で握り締めていた。その光景もその握り締める握力も立派な脅迫の証拠である。
しかしエドガー、彼も一国の国王である。にっこり微笑みわかったよ、と言い相手の油断を誘った直後暴露に踏み切った。
「エンマにとってグレンは『砂漠の王子様』に等しい存在らしい」
「……グレン隊長が、王子様?」
「だあああ!」
寒気がする、と彼は耳を塞いでしまう。そこまでされたらエドガーもさすがにかわいそうだと思ったのかこっそり彼に聞こえないようにに教えてやることにした。…教えてやることに変わりはないということだ。
「こっちの地方にはな、砂漠で遭難しかけた女性を助ける義賊が助けた女性、大貴族の娘と結婚する話があるんだ。エンマはあれでロマンティックな話が好きでね。この場合立場が逆なんだが義賊のエンマをグレンが助けたんだ」
「民話の話とそっくり」
「だろう?まあエンマの抱いている想いが恋というのかはわからないんだがたしかにエンマはグレンのことを尊敬してるんだ。名ばかりの親衛隊じゃなかった、本物の騎士はここにいるってね」
は納得、と女性側の見方でエンマのその反応に納得した。グレン隊長を古くから知っている立場からしてみれば彼がしたことは人道救助であり身分も何もありはしないのだ。ただ目の前で人が倒れていたから助けた。それだけだったのだろう。しかしそれを出来る人間はそういないのだ。そこがエンマの憧れとなった理由だろう。
はついにやにやしながら耳を塞いでいたグレンに笑いかけた。さぞかし意地の悪いたくらんだ笑みに見えたのだろう。グレンは苦笑いを浮かべた顔をひきつらせながらぎこちない動作でエドガーの姿を捉えると睨んだ。
「へいかぁ、おぼえてろよてめえ」
「臣下がそんな口調でわたしに話しかけてると大臣あたりが説教しに来るぞ?」
「ますますエンマさんのこと気になってきたなあ」
ほんのりと夢見がちな色のある声を聞いて男ふたりはハッとなった。
もし、このとエンマがタッグでも組んで見せたら大変なことになるんじゃないか、と。もちろん二人ともそんなことは口に出さずすぐに考えをかき消した。
そんなこと想像したって適わないことなど簡単に想像できたのだ。