繊細な手で何でも生み出す。
国も希望も優しさも大好きな機械も。
創造者の手だと、思う。
がエスツァン国の王女でありエドガーの婚約者だと知るとロックは心底驚いた。その驚きが口に出てしまう前にエドガーは即座に行動を起こし、彼の口を自らの手で塞いだ。比喩表現ではなく実際に塞いだ。そのせいでロックは危うく呼吸困難に陥りそうになったが。
死にかけたロックは今はもうフィガロにはいない。元々の仕事に戻っていった。
あれから既に一週間が経っていた。
は当初からそつなく仕事をこなし、エドガーは普段通り政務に当たる。時折城内を視察する際にはこっそり二人で話す。週に三日に一度ははエドガーに報告に来る。それの繰り返しだった。
その日は朝から親衛隊の誰もがそわそわとしていた。隊長であるグレンを筆頭にあたりを見てはため息をつき、物音に過敏に反応している。
ただ一人、のみが何事かと不思議に思っているのだった。だから、朝の朝礼が終わってすぐ、全員が揃っている中、はごく当然の疑問をぶつけた。
「グレン隊長、なんでこんなに怯えてるの?」
「・・・お前も直にわかる。」
グレンはがっくりと肩を落としている。他の面々も同様だ。
どうやら何か、というよりは誰かを待っている、待ちかまえている、そんな様子だ。
はだいたい何かがくるとわかっていることを考えてみた。
「・・・ああ、エンマさん!」
「その名を言っちゃだめだ。」
親衛隊唯一の女性隊員であり遠方の長期任務で今までフィガロを留守にしていた人だった。が入隊する少し前に出発したということで完全なすれ違いだった。
もちろん今は二人とも互いの存在を知ってはいるが直接会ったことはない。
「エンマさんが戻って来るんだ・・・楽しみだな。」
そんなこと言えるのはあいつと会ってないからだ、とグレンは大きなため息を落とした。
午後、とグレンはエドガーの護衛に執務室にやって来た。基本的にエドガーは執務室にこもりきりになる。
普段ならば断りを入れることもないのだがグレンは今日だけは、とノックをした。
「なんだ?」
「俺。」
どこぞの詐欺ではないかと思える会話だったがエドガーは入室を快諾した。も当然のように中に入る。
エドガーはどうしたんだ、と書類に目を向けるのを止めて目の前の人物に向いた。
気心の知れた知人の訪問があるときは別だが、普段のグレンは仕事に私情は挟まない。あくまで今の彼は親衛隊隊長なのだ。エドガーの幼なじみのグレンではない。
けれどこのときばかりはグレンも私情を挟みたくなった。エドガーをじとっとした目で見つめ、一言。
「エンマが帰ってくる。」
「・・・・・。」
エドガーはなんとも言えない表情を浮かべた。嬉しそうであり苦しそうでもある、複雑な表情だ。
グレンはどうする、と聞いた。
「グレン、お前は?」
「どうせ会わなきゃやってられないし大変なのは初日だけ。」
「・・・だろうな。悪い奴じゃないんだけど・・・」
「そんなに深刻になるような相手なの?」
なぜここまで警戒しなければならないのか、にははっきり言ってまったくわからない。彼らの警戒はまさに国の一大事のようだった。そこまで凶悪な人物なのだろうか。
がそれを聞こうと口を開いたとき、バン!と扉が大きな音を立てて開いた。正しくは、半壊。
「陛下!ただいま戻りました!」
燃えるような赤とほんの少しの金の色を交えた色がまず、目に入った。次に見えたのは爛々と輝く緑だ。深い、老成された森の緑の色だったがその瞳自体は若々しかった。
やグレンと同じ親衛隊の服を着たその人物はくしゃくしゃでくせっ毛の短い髪をさらにくしゃくしゃにさせてにっこり笑っていた。
「エンマ…相変わらずみたいで良かった。」
「ありがとうございます!あ、隊長、ただ今戻りました!報告は後ほど致します!
…ああ、あなたが!はじめましてー!エンマでーす!」
仮にも国王の御前だというのにエンマの早口は止まることがない。マシンガントークである。
はこういう自体には国で慣れっこだったのだがそれが他国でもあるのか、と驚いていた。その顔にグレンが気付いたらしく、これは例外だ、と苦笑いを浮かべてにだけ聞こえるように呟いた。幸い、エンマのマシンガントークは未だにエドガーに向かって連射されていたから問題はなかった。
「それじゃあ陛下への挨拶も終わったので、城を見て回ります。あと、時間があれば稽古も。」
嵐のようにやって来て嵐のように去っていった。小さな嵐、台風、そんな形容がぴったりだった。
は目をパチパチと何度も開いては閉じ、開いては閉じ。そしてエンマが去ってからたっぷり一分は経った頃、完全に閉まったドアを見つめたまま、感想を述べた。
「パワフル……」
「、あれはパワフルよりもすごい。」
冷静に、グレンがツッコミを入れた。エドガーが内心で同意した。
けれど、二人はの次の言葉に口をあんぐり開けることになるとは、まったく気付いていなかった。
「エスツァンじゃなくても、ああいうたくましい女の人っているんだ……」
エドガーとグレンはエスツァンの男たちにこっそり、同情した。
はもちろん、そんなことは気付きもせず、エンマに純粋な親近感を持ったのだった。