何でも魔法のように輝かせる口を持つきみはまるで魔法使いだ。
魔法なんてとうに滅んだ世界でそう思う。
「あ、自称トレジャーハンター!」
「な、自称家出娘!」
彼らの開口一番がこれだ。エドガーは軽くめまいがした。この二人が揃えば彼は自然仲介役になるらしい。グレンは一人このなんとも言えない笑いを抑えるのに必死だった。
「ロックは一国の王と謁見できるぐらい偉かったの!?っと…失礼しました。つい、取り乱してしまって」
「、ロックはこういう奴だから口調はいつも通りでかまわないよ。それとグレン、笑うならこっそり笑え」
笑うなと言わないところがまたグレンの笑いを刺激した。大笑いだけはなんとかグレンも避けてなんとか腹を抱えて笑うところで留める。
けれどロックはつまらなそうに一言。
「なんだ、大笑いしないのか」
その瞬間、グレンは「マジもう無理!」とゲラゲラ笑い始めた。
エドガーのプライベートルームで大きな笑い声が響く。
唯一の救いはそこにいる面々がグレンの大笑いを咎めることがないという点だった。
「も、無理!」
「グレン隊長がやられちゃった」
のそれはまるで戦闘から脱落した兵士を見るような口振りだった。グレンはなんとか笑いを引っ込めてそれはないよ姫さん、とつい、そう言った。
「姫?」
「俺にとって親戚の可愛いは姫みたいなもんだから」
グレンは淀みない答えをロックの疑問に与えた。そのすらすらとした模範解答にロックは本当に?と訝しんだ。
彼が出会ったという少女はそんな話をしていなかった気がするのだ。
そう、確か、ロックが家出だろうと聞いたらこう答えたのだ。
『幼なじみに会いに行くの。きっと出迎えてくれるから』
それは兵士として出迎えてくれるというニュアンスには聞こえなかった。かといって大事にされるという意味合いでもなかった。
そう、それがロックには妙に気になることとして残っていたのだ。
「じゃあ、幼なじみってグレンのことだったのか?」
「うん。あと、グレン隊長は小さい時からエ・・陛下と仲が良かったから私も陛下とは親しくしていたの」
「へー…初耳」
そりゃお前に話せばどこに噂が洩れるかわかったもんじゃないからだ、とエドガーは呟く。
ロックも重要な国家機密レベルの話はさすがに口を開くことはしないが、個人レベルの話だとつい、話してしまうことがある。エドガーは以前それで痛い目にあったことがあったのでその辺の意見は厳しい。
「あれ?じゃあ、お前ってエドガーの婚約者に会ったことあるんだ?」
の目が大きく見開いた。グレンの目が泳いだ。エドガーは、動かない。
どうやら、自分の質問は禁句だったらしいとロックは気付くが質問は訂正出来ない。この空気からもなかったことには出来ない。その空気の中でがようやく一言発する。
「あるよ。よく、会ってた」
「どんな子なんだ?いや前にエドガーが言ってたんだけどさ、」
「ロック、帰れ」
エドガーとしてはたまったもんじゃない。過去についてロックに一度だけ話したことがあったのだが、あのときは酒も入って飾らない、いわゆる本音というやつを漏らしてしまったのだ。それをに聞かれた日にはしばらく顔を合わせられない。
けれどの方はそれに興味を示してしまったらしい。
「え、帰らなくて良いから。教えて欲しいな」
「えっとだなあ」
「に言ったらお前、」
「お前、何?」
ロックが不思議そうにエドガーを見た。
そして数瞬後、何かひらめいたような顔になり、満面の笑みでエドガーを見た。グレンはそれを見た直後、あーあ、と一人小さく嘆いた。ポーカーフェイスは王様得意だろうと言いたいところだがことに関しては動揺が顔に出るらしい。
だから俺とかロックにからかわれるんだ、とグレンは内心呟いた。
「あー、うん。には言うの止めとく。うん、そうしよう」
「え、なんで!?」
「さあ?エドガーに聞けば?」
ロックは楽しそうにエドガーを見た。また一人、エドガーの想い人を理解した人間が増えた。
今のところエドガー本人とグレンとロック、それに勘の良いエリーが気付いている。本人に知れる前に周りに知れ渡ってしまうのではないかとエドガーは心配しているがその日は近いかもしれない。
「エドガー!もしかしてバラしたの!?」
「そんなことあるわけない。…でも、今ので…」
「、何をバラしたんだ?」
ロックがにんまり笑っている。は冷や汗を流しながら、「さ、さあ・・・」と言うのが精一杯だ。
秘密があるとバレてその秘密を迫られるとは弱い。押しが強い人間に質問されるとアッという間に喋ってしまう。
「?」
「いや、ちょっと!た、助けてエドガー!」
既にエドガーのことを陛下ではなく名前で呼んでることが大きなヒントなのだが、ロックはの動揺にそこまで気が付いていない。
グレンは一人笑えば良いのかフォローに回れば良いのか迷っていた。
「陛下、こういう場合護衛はどうするべきですか?」
「ロックの口を縫いつけてしまうのが最善だと思うな」
「それよりが秘密をバラしたら良いんだって」
どうやってもロックは退かないつもりらしい。かといっても簡単に退くわけにはいかない。
いや、ロックならばがあっさりと「私、エスツァン国の王女でエドガーの婚約者なの。」と言っても信じて、そして喋らないだろう。
しかしこれは国家機密レベルの秘密だ。エドガーもグレンもに全てを任せた。何より、これは彼女の秘密なのだから。
「だから私が何者でもロックには支障ないでしょう!」
「え、でもエドガーには支障あるんじゃないのか?婚約者がいるのに近くにみたいなのがいるんだから」
それはエドガーに許容しきれるギリギリの言葉だった。それ以上は彼もさすがに我慢出来ない。ジロリとロックを睨めばわかってるよ、という視線が送られた。
はその一瞬にやりとりに気付いたがそれの意味までは汲み取れなかった。
「私がいたって問題ないよ」
「なんで?」
「だって私が…」
「私が?」
そこまで言ってからはエドガーを見た。それとグレンの方も。
エドガーとグレンからすればロックはたまに口が軽いこともあるが他の面では信用、信頼しても良い男だった。
エドガーとロックは反乱軍として出会うより前から付き合いがあったからだ。それはロックが反乱軍に入る数ヶ月前のことだったがそれでも彼らはそのときただの友人だった。だから、二人はロックに話しても良いと思っている。
もまた、彼に話しても大丈夫だろうという思いを持っていた。
背筋を伸ばして前を見て。相手がいるなら相手の目を見る。そう。それから少しあごを引いて凛とした声で、言うんだ。
それはの兄の声だった。それが出来るまでは何度も兄にからかわれ笑われていた。
今はその言葉通りの姿で凛とした声を発そうと口を開いた。
「私が、エスツァン国第一王女であり、エドガーの婚約者だから」
ロックが口と目をあんぐり開けて驚いたのは言うまでもない。