その歩幅が歩いている人によって違うの、知ってるよ。
普段は男の人の幅なのに、おばあちゃんとならおばあちゃんの、
私となら私の歩幅になるんだよね。
「で、副隊長のヘイムダルさんって私の頭がある高さに胸板だよ、背、高いよね」
一匹の黒猫が砂漠に流れる風に乗って忍び込む。しなやかな動作で、自然に紛れて。その部屋の主はそれを楽しそうに受け入れる。彼女の目で見たもの、耳できいたもの、手で触れたもの、その全てを彼はほとんど感じたことがあったというのに、彼女の言葉となるそれは全て鮮やかなものへと色を変えるのだ。
部屋の主、エドガーはそう思う。
「なんだかんだで報告会を兼ねたおしゃべりが一週間ぶりになっちゃったから、話したいこと、いっぱいあったんだ」
が入隊して一週間、エンマに続く女親衛隊員の存在は城中に知れ渡っていた。エドガーも廊下を通れば何かとの噂を耳にした。
だというのに一週間、仕事どころか個人的な時間すらの姿を目にしなかった。
彼の友人曰く、仕事に慣れるため、らしい。
エドガーは気付いていないが親衛隊入りしてしばらくは王の警護につかずに他の仕事をするのだ。王につく仕事よりもまずは兵士達との連携が取れなければ話にならないのだ。いくら個人的能力が抜きんでていても協調性に欠けるならば軍での評価は低い。
そういう理由からもまた雑務に没頭していたのだ。
「ああ、いろいろ聞いてみたい。話してくれるかい、マイレディ?」
「今はそういう立場じゃないんだけどなあ」
まあ、いっか、とは笑って受け流した。そういうことをいちいち気にするではない。
エドガーは楽しそうに笑みを深めて机にひじをついて手を頬に添えた。その動作がどうにも意味のある行動に見えるのだがにとっては見慣れたものである。それはもう楽しそうに仕事の話を細かいところまで報告し始めた。
「他の隊員とも仲良くなれたの!とりあえずグレン隊長の親戚ってことだから、これから一ヶ月はグレン隊長の傍でいろいろ仕事をしていくことになったんだ。職権乱用が少々混じってるらしいけど、その辺は気にしないことにしたの」
そもそもこの雇用自体が職権乱用なのだ。小さなことを気にしても土台が土台なのでキリがない。
エドガーにグレンと一緒だということは王付きになる機会が多いかと聞けば答えはイエスだった。エドガーの王さま振りをじっくり観察しよう、とはにっこり笑った。もちろんエドガーも負けじと微笑みを浮かべ受けて立とうと返事を返した。
「なあ、」
「なに?」
「楽しいかい?」
はその質問にきょとんとした顔を返した。何を言っているのだろう、という顔だった。エドガーはそれだけで満足だった。楽しいかという疑問を挟む暇などないぐらい楽しいのだとわかったからだ。
一週間、それはもう気になって仕方がなかったのだがこの顔が全てを帳消しにした。何度かの様子をグレンに聞くたびに出会ったグレンのにやにや顔も、チャラだった。
「が楽しいようで良かった」
「エドガーのおかげで、本当に楽しい。ありがとう」
飾り気のない笑顔は少女のようにあどけなく、けれど子どもっぽいわけではない。
眩しかった。エドガーにとって、この笑顔は眩しいものだった。
そして、珍しくも自らの感情をかき乱すものだった。
さすがの彼も、これが何なのか、気付かないほど野暮ではなかった。
「…まいったな」
「何が?」
そうだと気付いた瞬間エドガーは髪の毛をぐしゃぐしゃとかき混ぜていた。彼らしくない動作には不思議そうな顔をしたのだがエドガーにはそれすらも可愛く思えてしまう。
好きだと気付いた瞬間にこんなにも世界が変わって見えたのは初めてに近かった。何も変わっていないというのに、名をつけられなかった想いに名を付けてしまったことでやけに自分が幸せなのだと感じてしまう。現金だ、とエドガーは笑みをこぼす。
「俺ものおかげで楽しい毎日を送れそうだよ」
「え、それは私が何かしでかすと思ってる?」
信じられない、という顔で自分を見るを見てエドガーは笑いながら否定する。
いるだけで日々が輝く気がする、などとはさすがのエドガーも言えなかった。他の人ならば言ったのかも知れない。けれど、だから、言えなかった。
妙に照れくさくてたまらなかったのだ。
「マイレディ、もうそろそろ帰らないとまずくないかな?まだ良いならお茶でも入れようか」
何ならお菓子もつけよう、という言葉には揺れた。お菓子は、魅力的過ぎる。
結局、グレンやエリーの小言よりもエドガーとの夜の茶会を取っただった。
お菓子がエドガーの策だったかどうかは、定かではない。