「ごめんなさい」
「仕方ないわ。足を捻ったんだから」
だから気に病むことはないわ、とルールーはユウナに声をかける。傷まない足の代わりに少しばかり良心が痛んだが、ユウナは見て見ぬ振りをした。あと一日だけでも、ユウナは出発をどうにかして延ばしたかった。それが悪あがきだとしても、どうしてもまだ心が追いつかないのだ。
「じゃ、オレらは出口を探しますか!」
「ユウナの護衛に私が残るわね」
の申し出はすんなり通り、他の面々は散々になる。それを確認してからはユウナを見た。
「他の人と一緒だったら、バレちゃうでしょう?」
「ありがとう、」
「私ももう少し、ユウナとおしゃべりしたかったから、良かったわ」
にこりと笑っては立ち上がり、消してしまった焚火を後で点ける為に整えておく。それから携帯食の確認をしてユウナの隣に座る。
全員が見計らうように昼頃に帰ってきてくれることをはわかっていた。
「みんなが戻ってくる頃に出来上がるように調理しましょうか」
「うん」
二人だけで話す機会はそう多くはなかった。なにしろは大抵アーロンと共にいたしユウナも立場上いつも誰かがそばにいた。
ブラスカとの思い出話を時折することはあってもこうして自身のこと、ユウナ自身のことを話すのは初めてかもしれなかった。
「ユウナ、この旅が終わったら、なにがしたい?」
以前なら召喚士へこんな質問はできなかった。こんな質問をした日にはとんでもない人間だと罵られるような、誰でも知っているからこそ誰もが聞けるわけもないことなのだ。
けれどユウナは今までの召喚士たちの道を外れ、新しい未来を描こうとしている。
だからは聞いてみたかった。彼女の望む未来を、それを見届けられなくてもその未来を願いたかった。
「お世話になった人へお礼をして、ビサイドのみんなに会って、それから」
「ええ」
「召喚士なんて関係ない、ユウナとして過ごしたい、かな」
「ええ、ええ。きっと、穏やかな日々になるわ。幸せに過ごせる」
なんたって、シンがいなくなるんだからと、は目を細めやわらかく微笑んだ。
シンに立ち向かい、シンの根源ともいえるものを倒す。
それは聞けば聞くほど無謀だったが、にはその先の未来が見えるような気がした。
ユウナはそんなを見ながら彼女のことを聞いてみた。
「は、願いが叶ったらどうしたい?」
「ずっと傍にいたいわね。まあ、今すぐは無理でも、いつか、ずっと傍にいられる日がくるからそれを待つわ」
「そう」
誰の傍になんて、聞かなくてもわかる。そして、その人を純粋に思えることが羨ましかった。寂しさと羨ましさとを混ぜたような相づちをは気に留めることのないように明るい声を出す。
「昨日は私の昔話ばかりだったでしょう? 今度はユウナの話を聞きたいわ」
「え」
「私が入るまでの旅の話も含めてね」
特にアーロンのところは詳しくね、とは軽快に笑った。
ユウナはに促されながらも少しずつ、今までのことを話し始めた。苦しくて、悲しくて、辛くて、でも楽しかったことも、嬉しかったこともあった旅を。
「なあ、リュック」
「んー?」
「迷ったかも」
ははは、と乾いた笑いを浮かべるティーダだったけれどリュックはもちろん笑えない。
「目印つけたでしょー?」
「見失った」
「ちょ、ちょっとー帰れなくなったらどうすんのさー」
「大丈夫! そのうち見つかるって!」
まったくもって根拠のない自信だった。
リュックは呆れてため息をついた。
それからふと思い出したように言葉を紡ぐ。
「というかさ」
「ん?」
「ユウナって嘘ついたらすぐわかるよねー」
「なんか無理してるしな」
ユウナが足を捻っていないことぐらいみんなわかっていた。も含めて全員がユウナの嘘に乗ったのだ。ユウナがそれを望んだのだから、黙っていようとみんなが思った。
その理由がの旅立ちが近いことというのもすぐに察せられた。ただしそれが今日明日、ということはさすがに他の面々にはわからないことだったが。
「のことでショックだったのかなー」
「かもなー」
「けどさ、があんなに普段通りだから、しばらくいるよね?」
「だと思うけど」
楽観的というよりは希望を込めた素振りの二人の願いは虚しくも叶わないのだった。
「私の作った昼食どう?」
「携帯食なんだから、味に変わりはないだろう」
にこにこ顔のにとどめの一撃、とも言える言葉を喰らわせたのはもちろんアーロンだ。それすらも愛おしい光景だと言わんばかりにが笑みを零すのはこの昼食の光景が最後だとわかっていたからかもしれない。
「その辺の草を食べなくていい分立派な食事でしょう?」
「草……。かなりいい食事じゃん」
ホッとした顔をするティーダ。
単に草といっても味や毒性は十分に注意しなければならない。下手をすれば食中りになるだろう。
「狩りができて火も使える場所ならかなり豪華な食事ね」
「、狩ったことあるのかよ」
ワッカが驚いたようにを見た。そういう経験があるとは思っていなかったのだ。当の本人はもちろん、と笑顔で頷いた。
「きちんとありがとうございます、と感謝の思いでいただきました」
「意外だ」
「これでも一人旅ぐらいしたことありますから」
森で出くわす生き物の名前をいくつか挙げ、捕まえて食べたこともあるよ、とは笑う。ひ、と驚くリュックやティーダを見て、それは食べるものが無いときねと補足する。
「けどよ、それぐらいするんじゃねーか?」
オレとルーも、何回かしたことはあるしなという発言にやはり驚くリュックとティーダ。ワッカはがそれをしていたことには驚いたがその行為自体には驚かなかった。旅というのはいつも安全で食を保障されるものではないのだ。
ルールーはワッカに話を振られて肩を竦めながら苦笑いだ。
「まあ、私は食べて片付けをしただけなんだけど」
「そーそ。オレが一人で狩りしたんだよ」
「私は狩りをして、解体作業まで頑張ったのよ」
変な自慢のしあいを繰り返しながら食事をする中で浮かない顔を浮かべた人間がいた。
けれどそれに誰かが気づくことも指摘することもなく、話題は別のものへと移っていき、にぎやかな食事はその後も続いた。
「今日は恥ずかしい昔話を暴露!」
飲みつくしたと思われていた酒がなぜかあと一本、と随分ときついものが出てきたところから昼食は怪しい様相を見せていた。ユウナがどうしても進みたがる様子もなく、滅多にわがままを言わないユウナに周りも今日だけと暗黙のうちに甘やかすことになっていた。
その流れの酒のおかげで、飲んだものは随分と陽気で、飲んでいない者までつられている。の妙な提案にもなんとなく頷いて、否定する者も止める気力のある者もいない。
小さなころの恥ずかしい話や旅に出始めの頃の失敗談など、どんどんと暴露されていくなか、はアーロンの方へと進んだ。昼間だが酒がまわってもはや宴会状態である。酒の入った容器はあちこちに分散しており誰が酔っているのかは定かではない。
「アーロンの暴露話は?」
「さあな」
「そんなこと言わずに」
何かあるでしょう、と頬を赤らめて期待に染めるの表情は悪戯っ子のそれだ。好きな相手の弱みを握りたい心理でも働いているのだろうか。にじり寄る相手にアーロンはため息を一つ。
周りも煽りこそせずとも耳を澄ませて答えを待っている。伝説のガードと言われる男の弱みになるかもしれないと、無言の期待が集まっている。
「昔、女からプロポーズをされたが、答える甲斐性がなかったことだな」
「プロポーズ? アーロンに!?」
「された?! このおっちゃんに?!」
プロポーズという言葉にティーダとリュックが過剰に騒ぎ、どういうことだとアーロンに詰め寄っても答えは出るはずもない。二人も眉間の皺が増えたアーロンを見ればすぐに諦めた。
そしてプロポーズなんて早々されるものでもするものでもないという話から飛び火して自分の見知っているプロポーズや告白のエピソードを披露する場になりつつあった。ビサイド村にいた誰がいくつの頃にこういう話があった、なんてワッカが話し出せばルールーが補足するように女性側の話を加え、ユウナはその人々を脳裏に思い浮かべては顔を輝かせる。他の面々もちょっとしたすれ違いやアクシデントでどうなるのだと村人の二人の行く末の語りを聞き入っていた。
ワッカの身振り手振りに夢中になる周りをよそにがアーロンの隣に座り込む。
「答えは、まだ出せないの?」
周りには聞こえないように、言葉に迷いながらもやっと声を絞り出して尋ねてきたそれにアーロンは静かに目を閉じる。
「ああ。会えても旅が終わらないままだったからな」
「……そう」
は涙を堪えるように口元を微笑ませ、ただ一言頷いた。そうして二人はそれ以上話をすることなく、盛り上がる仲間たちの話に耳を澄ませ始めた。
(Carolla 8)