「なあ、姉ちゃん。もしかしてこいつの女か?」
だったらあんな舞愛想男にゃもったいねえななんて笑ったのはどこのブリッツ馬鹿の男だったのか。
声をかけられたはその言葉に何かを言う前にその意味を咀嚼し、そして苦笑いだ。
「そうではないけれど、私は彼が好きだから半分当たりかしら」
「っかー! 熱いねえ! あの堅物にはもったいない」
「そうかしら?」
「ああ。姉ちゃんとびきりいい女だ」
自分の周りにはおよそ見ない部類の、カラリと笑う男の笑顔をは一目で気に入ってしまった。
二人はこの日が初対面で、がたまたまブラスカの家に遊びに来たところ、運が良いのか悪いのかブラスカとアーロンは居らず、娘のユウナは午後のお昼寝中だった。
そして話だけは耳に入っていた自称ザナルカンドの人間がいた。
「あなたのお名前は?」
「ジェクトだ、姉ちゃんは?」
「私は。いい女、は嬉しいけれど、ジェクトはひとり? 好きな人とかご家族はいるの?」
ご家族、と丁寧な口ぶりにジェクトは面食らったようだったがすぐに我に返る。
どうにもお嬢さんらしいことはわかったけれどジェクトにも興味を持つような少々変わったお嬢さんだということはわかったし、何の含みもないただの好奇心にジェクトは乗ってみることにした。疑われるような視線はうんざりだったのだ。
「オレか? オレは女房とくそかわいくねえ息子が一人だ」
「それは、すごくかわいい息子さんなのね」
「ああ?」
その言葉を聞いてジェクトはを睨んだけれどからしてみれば照れ隠しのようにしか感じられない。
「ジェクト、あなたさっき目がすごく優しくなった」
「……そりゃ、父親だからな。ガキがかわいくないわけねえ」
「やっぱり!」
秘密を言い当てたように喜ぶ相手にジェクトはなんといえばいいのか頭をかきむしってしまう。そんなに素直に喜ばれては否定もできなければ適当にごまかすこともしにくい。随分と話しづらいお嬢さんである。
「息子さんとは仲良し?」
「……嫌ってるだろうな」
「あら」
むすっとした顔の男を見てもひるまないのはアーロンで見慣れているからだろうか。
もったいないわと口にする度胸も随分なものである。
家主はまだ帰る気配を見せず、来客と居候は自由気ままな会話を続行中だ。
「ついからかっちまう。そうするとあいつ、親父なんてだいっきらいだって言うわけ。そうするとオレもおかしくってな、ほら泣くぞ、もうすぐ泣くぞ、ほーら、泣いた、っていじめちまう」
「それは随分と意地悪なお父さんね」
「うるせえ」
子どもの年を聞けば七歳で、その意地悪な父親の態度が素直ではない、ひねくれた愛だということを理解するには幼い年頃だろう。反発するような負けん気もあるならばなおさらである。
年上の、大きな子どもを目の前にしては自然と微笑んでしまう。
「素直になればいいのに」
「どうやってだよ」
「私と話すみたいに思っていることを言えばいいと思うわ」
「……どうだかなあ。まあ、それをやる前にまずは早く帰らねえとな」
「ザナルカンドへ?」
は話が本当なのか確かめるようにジェクトを見ればジェクトは当然のように頷いた。
誤魔化しや嘘があるようには思えない。彼は目を逸らすことなく真っ直ぐにの目を見ている。
「ザナルカンドだな」
「聖地よ?」
「も同じこと言うんだな」
「だって、そうなんだもの」
「どうなってんだよな、まったく」
ジェクトは無造作に頭をかきむしる。
そう言うジェクトを見ながらはふと、彼はシンの毒気にやられているかもしれない、とアーロンとブラスカは言っていたことを思い出す。
けれど、毒気にやられているには挙動不審なところは見られなかった。毒気にやれてしまったという人はもっと支離滅裂な言動をするとは聞いたことがある。彼からはザナルカンドから来たのだと言う言葉以外に不審な点は見えない。
それでもザナルカンドの人間だというだけでこのベベルでは気が触れた人間と思われても仕方がない。はジェクトがこれからどうするのかが気になってしまった。そして疑問はすぐに口に出た。
「それで、ジェクトはどうするの?」
「ついて行くぜ、あいつらに」
「ついていくって、ブラスカの旅に?」
「ああ。あいつら、いろんなとこに行くんだろ? なら、オレがいたザナルカンドも見つかるかもしんねえ」
が時折一緒に行きたいと言っても冗談以上にはならなかった。
どうかナギ節を待っていて欲しいとひどいお願い事をされて頷くしかなかったにとって二人とともに旅に出るという話は羨ましい。本当についていけるのかと言えばにはそんな覚悟も強さもなく、ただ見送り祈り願うしかなかったのだけれど、それでも羨ましかった。
なによりジェクトはなにも知らないようだった。ブラスカの旅の意味も、その旅の果てが意味することも。
二人は誰もが当然のように知っていることを知らないジェクトにそれをわざわざ説明するつもりはないらしい。も彼を見ていたらそんな人が世界に一人ぐらいいてもいいような気がしてきた。
「そう。息子さんと会えるといいね」
「ああ。ティーダって言うんだ。会ったらよろしくな」
「うん、ジェクトとティーダくんが仲良くなったところ、いつか見たいわ」
それはその時が本当に心から願ったことだった。
ジェクトと話す機会は旅が始まる直前の中、ほとんどなかったけれどそれでも準備に忙しい二人に代わって話し相手になればいろんなことを話したし、いろんなことを教えた。
彼を思い出す度に想像した、ジェクトとティーダが二人並んで過ごす幸せな家族の姿を、はついぞ見ることはできなかった。
けれど十年という月日を経て出会ったティーダは泣き虫ではなく、良く笑う、明るく優しい少年だった。
はジェクトはこんなにかわいい息子に意地悪していただなんてと、懐かしい話をティーダにしたとき、彼は随分と不機嫌そうで、それがジェクトにそっくりだったことは彼女にとって胸があたたかくなり、そして同時に似たもの親子で思わず笑ってしまったのだった。
(Carolla 7)