「やっぱりチョコボはいいわね!」
「っと。は上手いからそういう事が言えるの!」
「……そうね。そのチョコボを見てたら可哀相だもの」
ティーダはチョコボに乗られて、もしくは乗せてもらうことでなんとかかろうじて走っている形を保っている。乗り手もチョコボもいっぱいいっぱいである。
それに比べてはティーダが乗るのに手間取る間に軽くチョコボと周りを歩いてみて、今もチョコボを撫でてやる余裕もある。
「とにかく! さ、探そう!」
「はいはい」
無理矢理話をもともとの寺院探しに持っていくティーダ。は呆れながらもそれに従う。
風がたちの間を通り抜けていく。は気持ちよそうに風を切り、その背中をティーダが必死に追いかける。いつにも増して明るい調子のにティーダは口を挟む暇もない。
軽快に飛ばす二人だが、そのスピードでは寺院を探しができているのかは怪しいところだった。
「あ!」
「?」
「アーロンを見つけたわ!」
それからはさらにスピードを出して赤い服を着た人物に向かって走り出す。ティーダの目でもアーロンだと確定できるのは赤い服のおかげだった。
ただティーダはティーダでアーロンよりも隣にいるユウナを先に見つけたので、消去法で赤い方をアーロンとしたのだけれど。
彼らもまた黄色い、チョコボを使っていた。
「アーロン!」
チョコボから飛び降りて、彼女に気がついてチョコボから降りていたアーロンに抱きつく。アーロンはやれやれ、と言った様子でそれを軽く受け止めた。
いつもは素っ気無いガードもの前ではその雰囲気を崩してしまうのだから恋とは恐ろしいものである。
「ったら」
アーロンといたユウナは隣でそれを見せつけられるような形になり苦笑する。いつもののこととはいえユウナから見ても今日のははしゃいでいた。
「ユウナ、ごめんなさい。つい、その、アーロンが見えて」
「わかってます。アーロンさん、せっかくですからと一緒に探して下さい」
気を利かせたのか、ユウナはアーロンに何も言わせないうちにそそくさとティーダのところへ向かってしまう。
ティーダは突然の加速に置いていかれたところからやっとここまでたどり着いたところだった。少し疲れた様子で、ユウナから話を聞いている。
「、おまえは……」
「アーロン、若い二人のためってことで、ね?」
自分の欲のためだろう、とアーロンが呆れたように言えばは笑って誤魔化した。二人のためでもあったし自分のためでもあったから。
の誘いにアーロンは反対することなくゆっくりとチョコボを歩かせながら視線は周りへも向けていく。
「寺院は見つかった?」
「まだだな」
「そう」
気のない返事といえばそれまでだけれどは視線こそ平原に向けてはいてもその探し方は熱心とは言い難い。
「どうでもよさそうだな」
「そんなことないわよ」
「なら働け。どうせあいつとじゃろくに探してないだろう」
「私たち真面目にしてたわよ?」
声はややぎこちない。苦笑いだし、先程チョコボであっという間に駆けてきた彼女を見ていれば丹念に捜索していたとは到底思えない。
それに彼女はいつもならもっと穴が開くほどにアーロンを見つめるだろう今、わかりやすいぐらいアーロンを見ていなかった。
「無理するなよ」
「何を? 私、最期を見たわけではないもの」
に無理をすることなどなく、ここで辛く苦しい思いをした人は目の前の相手か、いなくなってしまった人たちだ。
見渡す限り、遮る物がない穏やかな平原。
ここで、あの頃何も考えず安心して笑いかけられる兄のような人と、出会ったばかりでもあっという間には打ち解けてしまう明るい雰囲気の人は死んでしまったのだ。
「すまなかった」
「だから、何を謝るの? あの後、アーロンにはアーロンのやるべきことがあったんでしょう?」
はあの頃からアーロンが好きだとはっきりと告げていたし、アーロンも重々に理解していた。ブラスカは強く応援できなくてごめんねと、ただ一人のガードと妹のような友人の恋路を最後まで心配していた。
十年、再び出会えた時、は絶対に死んでも離れないとアーロンに告げ、アーロンはそれをただ黙って受け取った。
はアーロンを見ない。ただ、平原を見続ける。
「私はね、あの時無理にでもついて行けばよかったと思ったわ」
「ブラスカは困るだけだぞ」
「そうね。幸せに育ったけど、戦うことは知らなかったから。……今はティーダに教えられる程度には戦えるけれどね」
苦笑いを浮かべるは確かに強くなっていた。アーロンの知る彼女は剣を持ったことすらなく、訓練で怪我をしたアーロンを見て涙を浮かべていた。それが今では自分の体の一部のように剣を自在に扱い、一人旅をしていたのだという言葉に嘘がないことは一瞬でわかった。
「あの頃、ブラスカとアーロンと、最後の方はジェクト過ごしてた頃、楽しかったな」
視界いっぱいの草原から今度は空を見上げる。頑なにアーロンの方は、見ない彼女は何かを堪えるように目を見開いている。
「、おまえ」
「ブラスカはベベルのお嬢様の私じゃなくて「」として接してくれたの、すごく嬉しかったのよ。ジェクトも私のこと面白おかしくからかってくれて、あんなに笑ったことなかったわ」
まだ、空を見上げたままの彼女の姿にアーロンは訝しむ声を上げる。チョコボは乗り手の意志に気がついて大人しく歩みを止めている。
「」
「なあに?」
「泣きたいなら、泣けばいい」
「どうして? 泣く理由なんてないわ。楽しかった思い出の話をしてるのよ」
「ならどうしてオレの方を見ない」
その言葉にはようやく視線を落とし、隣のアーロンに向ける。
無理やり笑みを浮かべる彼女は十年経ってもアーロンが覚えている彼女とそんなに変わらない。それでも口ぶりも、振る舞いも確かに落ち着いた。涙を堪えて笑おうとすることは、十年前の彼女なら堪えきれずに泣いていただろう。
「泣くなら、誰かさんの胸で泣きたかったの」
「……そのために、ずっと我慢していたと?」
十年も、音沙汰のない自分を、待っていたのかと、アーロンは隣でまだ泣けないままの彼女を見つめる。
驚きと、苦しさと、僅かに喜びと、いろいろな気持ちが複雑に混ざり合う。
「だって、アーロンが私の泣ける場所だから」
「なら、泣けばいいだろう」
そう言われてもは零れ落ちそうな涙をまだだと、微笑んでばかりだ。
アーロンはチョコボに乗っていたのをひらりと降りる。未だチョコボの上の彼女を見上げても、彼女は視線を下に向けてもまだ泣くまいとしている。
なにが彼女をそうさせるのか、アーロンにはわからない。
「私があなたの胸で泣くなら、アーロンはどこで泣くの」
「オレは泣かないからな」
「私が泣いている間、アーロンも泣いて」
「……気が向いたらな」
アーロンが両腕を開く。
じっと、その腕を見て、顔を見て、そのまま待ってくれているアーロンにはその瞳からぽろぽろと涙をこぼした。
待ってくれたことのない相手が早く来いと、そう言って急かしながらも下りてくるのをただ待っている。
その瞬間、はひらりとチョコボから降り、その勢いのままアーロンに思い切り抱きついた。力いっぱい、腕を彼に回して、苦しいと言わせようとせんばかりに、アーロンを包み込む。
「大泣きしてた女が淑やかに泣くようになった」
「人が、泣いてるのに……ひっどい男」
涙声で顔を埋めるようにする彼女をアーロンは彼女とは反対にやさしく、苦しくないようにただ抱きしめてやる。
時折背中を軽く撫でてやれば彼女は声を押し殺すようにずっと泣いていた。
彼女が泣き止むまで、アーロンはずっと、いつまでもその背中を撫でていた。
(Carolla 4)