真っ赤に染まった体を引きずって、彼女は叫んでいた。白かった服が真っ赤に染まり、その体は今にも崩れ落ちそうだというのに、彼女は叫び続けていた。

「誰が! 誰が、あんたのためなんかに死んでなんてやるもんか! スピラの安寧? そんなのくそくらえ! 私が求めたのはそんなんじゃないっての!」

 誰もが憧れた美しい最初の大召喚士。
 そうであったはずの相手に向かって叫ぶ彼女は血まみれで、そんな彼女を横目で見ているアーロンも血まみれである。出血多量で永遠に意識を手放すのももうすぐだろう。
 アーロンはこのまま死ぬんだろうと自分でも思ったけれど、彼女が言うように死んでなんていられるかと思ったのもまた事実だ。

 世界の泡沫の平和が文字通り生贄によって成され、それが次の災厄を招いていることを知ったとアーロンがそのまま安穏と生きられるかというと、それは土台無理な話だった。
 どちらから言うわけでもなく、彼らは誰にも言わず朽ち果てた都、ザナルカンドへと足を向け、そしてわかりきっていた通り死にかけていた。

「おい
「なにアーロン!」
「赤いぞ」
「アーロンも服以上に真っ赤だよ!」

 死ぬつもりではなかった。けれど血を流しすぎたことは事実なのだ。きっと、死んでしまうのだろう。
 そんなことを漠然と、二人は考えていた。決して口には出さなかったけれど、お互いが感じていることをお互いが理解していた。
 視界の向こうでユウナレスカが悠然と笑っている。
 本当は立っているだけで精一杯だったし、およそ戦える状態でもなかったけれど、今この場では立っていなければならなかった。それに立っていられたのだ。軽口だってたたけた。笑ってだっていられた。

「アーロン!」
「なんだ、いちいち叫ぶな」
「終わったら、一杯飲もうよ。そのもっと先で、今度はみんなで飲もう」

 その顔は床に転がったときに汚れ、攻撃されたときに出来た傷から流れた血で染まっていたけれどたしかに目は生きていた。ギラギラと、必死で生をつかんでいた。
 の隣にはまだアーロンがいて、二人とも生きて、まだ諦めきったわけではなかった。きっとこの先の道は険しく駆け抜けるにはあまりに細く頼りない道だ。ほとんど無理に近い未来だったが、今はまだ絶望の先の光は潰えてない。
 隣の人が立つ限り、は空元気でもなんでもできる気がした。

「ああ。ルカで上等な酒を一本手に入れよう」
「一本じゃ、足りないでしょう!」
「そうだな。あとで銘柄でも考えるか」

 そうして二人はもう一度走り出した。

(死んでなんてやるもんか)
title:Rachel